曲がり角のマイクロファイナンス(上)――SKS上場が巻き起こした議論

執筆者:山田剛 2010年12月28日

 

 インドの社会ネタではいつもなぜかナイーブな筆致になる日本メディアが、「貧困」「カースト差別」「BOP(ボトム・オブ・ピラミッド)」などとともに好んで取り上げるのが、「マイクロファイナンス」である。ご存知のように、ノーベル賞受賞者ムハマド・ユヌス氏がバングラデシュで創設したグラミン銀行の成功が世界的に知られているため、えてして貧困解消の有効打として持ち上げられることが多い。
 3億人近い「貧困層」がひしめくインドはもちろんマイクロファイナンスの大市場だ。一人当たりの貸付金額はせいぜい200-300ドル程度だが、既存の金融機関から相手にされない地方の農民や零細商工業者、婦人グループなどの借り手は現在3000万人以上、貸付残高は65億ドルともいわれる。ろくな担保もなく、貸付コストや焦げ付きリスク管理の関係で金利は総じて高め。大手銀行なら年11―12%程度の金利がマイクロファイナンスでは30%前後に達する場合が多い。
 それでも、借りたカネで牛を買ってミルクを売ったり、零細商店主が冷蔵庫を導入して冷やした清涼飲料を売ったりと、多くの人にとって貧困から脱出するきっかけになってきたのは間違いない。最近では、インド商銀最大手SBIや、民間銀首位のICICI銀行なども、これらマイクロファイナンスに計1500億ルピー(約2700億円)もの巨額融資を行うようになっており、すでにビジネスとしても認知されている。
 もちろん問題がないわけではない。貧困層から利益を上げる事業であるがゆえ、社会活動家や慈善団体などからはしばしば批判の対象となってきた。当然のことながらリスク管理も難しく、インド国内でもしばしば集団不払いなどによる焦げ付きが頻発しており、世に流布するヒューマンストーリーほどに平和で牧歌的な世界ではない。
 2010年のインドで、マイクロファイナンス業界最大のニュースは、何といっても最大手SKSマイクロファイナンスの新規株式上場(IPO)だろう。7月の上場で3億5400万ドルを調達した同社への投資家には、米セコイア・キャピタルやジョージ・ソロス氏の名前も見える。SKSは、米エール大などで学び、マッキンゼーで経営コンサルタントとしてキャリアを積んだヴィクラム・アクラ氏(42)が、「インドの圧倒的な貧しさ」に衝撃を受け、1998年に非営利組織(NPO)として出身地の南部アンドラプラデシュ州ハイデラバードに設立。2005年に金融業に転換して急速に事業を拡大してきた。
 アクラ氏の功績は何と言っても、「慈善活動」や「非営利の社会貢献」の色彩が強かったマイクロファイナンスを、経済合理性のある持続可能な収益事業として確立させたことだろう。それでもSKSの上場は「本家」ユヌス氏から「搾取への道」と批判されるなど、再び論争を巻き起こしたのである。
 上場によってSKSは、事業拡大のための信用とツールを手に入れたわけだが、その一方で短期の利益を追求する「投資家」を多数抱えこむことにもなった。株主の圧力と、顧客(もちろん貧困層)の利益をどう両立させるかという難問はあり、様々な意見が飛び交っているが、筆者個人的には上場や規模拡大は賛成である。本来は中央・州政府が取り組むべき仕事を民間がやっているのだから、胸を張っていいだろう。
 だが、SKSはこの後、ある意味理不尽とも言える厳しい状況に追い込まれるのである。(つづく)
(山田 剛)
 
 
 
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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