胡錦濤国家主席訪米の評価

執筆者:渡部恒雄 2011年1月26日
エリア: 北米 アジア

 先の胡錦濤中国国家主席の訪米は、米中の人権と軍事をめぐる緊張関係と、経済的な相互依存の深さの双方を反映し、波乱含みながらも、相互の関与を確認する会談となった。今後1年の米中関係を睨めば、まずまず良好なスターティングポイントになったのではないだろうか。米国内にも様々な見方があるが、前外交問題評議会会長のレスリー・ゲルブが的確な評価をしている。ウェブジャーナルのThe Daily Beastに"The Stalemate Summit"(行き詰まりの首脳会談)というタイトルで掲載されている。ゲルブの評は、以下のようなものだ。 

今回の首脳会談は2つの超大国のバランス関係のテストであり、オバマ、胡、両首脳ともその本質をよく理解して振舞っていた。オバマ大統領は、人権問題や経済問題などで、中国に対してできるだけプッシュするということが戦術であり、事実、そのように行なった。胡主席にとっては、そのようなプッシュにできる限り抵抗しながらも、全体の関係を悪化させずに首脳会談を成功裏に終わらすことがゴールだった。そして、事実、そのように行なった。このような関係をみると、胡主席は「米中関係は良好な関係にある」といって微笑んでいればいい一方、オバマ大統領は、中国から大きな譲歩を得ることが期待されていたため、そもそも最初から胡主席側が優位なポジションにあったといえる。

実際の米国内の報道をみても、オバマ大統領が人権問題で中国側に強く改善を求めたことは大きく扱われているが、これはオバマ大統領にとっても、国内からの批判を牽制するためのアリバイ作りにもなっていた。人権問題に対して、中国側からの建設的な返答はほとんどなかったが、同時に、それに対して大きく反論するよりも「中国は発展途上であり、中国側の現実の事情を考慮してほしい」というソフトな否定姿勢であった。たとえば、中国にとっては欧米主導の人権概念を批判してイデオロギー対立の道を選ぶこともできるはずで、それをしないソフトな否定姿勢はある意味、現実的な妥協とみることもできるだろう。米中双方とも、人権が主要テーマになって全体の米中関係を損なうよりは、首脳会談を成功させて今後の対話につなげたいという意識を考えれば、合理的な選択といえる。少なくとも、新聞のヘッドラインに「米中が人権問題で大きな対立」というような項目が載ることを防いだということだけでも、両国にとっては成功といえるかもしれない。

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執筆者プロフィール
渡部恒雄(わたなべつねお) わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』、『2021年以後の世界秩序 ー国際情勢を読む20のアングルー』など。最新刊に『防衛外交とは何か: 平時における軍事力の役割』(共著)がある。
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