国際人のための日本古代史
国際人のための日本古代史(12)

「タイガーマスク」か「光明子」か

関裕二
執筆者:関裕二 2011年1月31日
カテゴリ: 文化・歴史
エリア: ヨーロッパ
法華寺内にある「浴室(からふろ)」(筆者撮影)
法華寺内にある「浴室(からふろ)」(筆者撮影)

 2010年12月、群馬県の児童相談所にタイガーマスクの主人公、伊達直人を名乗る人物からランドセルが贈られて、日本各地で、タイガーマスク現象が巻き起こった。  伊達直人を名乗ったのは洒落ているが、次から次へと現れる「2番煎じ」は感心しない。その他のアニメの主人公を名乗る者も現れたらしいが、もう少し、教養をひけらかしてもバチはあたるまい。「義賊」「鼠小僧」はまずいかもしれないが、たとえば、奈良時代の「行基(ぎょうき)」とか「光明子(こうみょうし)」を名乗る手もあった。彼らは、慈善事業のパイオニアだからである。  行基はボランティアで道を整備し橋を架け、行き倒れになった人々を救済した。また、貴族層の独占物だった仏教を、庶民の信仰に広めた。  一方、光明子は権力者藤原不比等の娘で、聖武天皇の皇后だ。現代風に言えば、億万長者の箱入り娘で、しかもファーストレディに登りつめた、ということになる。なに不自由なく生活していたが、ある時期を境に慈善事業に没頭していく。  いったい何が、光明子を突き動かしたのだろう。  光明子が「温室(うんしつ)の功徳」を施したことは有名だ。湯屋(ゆや)を建て、貧しく病む者たちの垢を落とした。『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』(鎌倉時代末の日本仏教史)には、光明子はらい病(ハンセン病)者の膿を吸い取ったとも記される。これは、作り話だが、光明子が慈善事業を行なったことは、事実だ。父・藤原不比等からもらい受けた大邸宅を寺に改造し(奈良市の法華寺)、また、施薬院と悲田院を設け、薬草を病人に与え、孤児を集め養った。  さらに、かつては天皇権力の象徴とみなされていた東大寺も、「庶民のための庶民による大寺院」であった可能性が高まっている。というのも、光明子の夫・聖武天皇が東大寺建立を思い立ったのは、河内の智識寺(ちしきじ)を観て感動したからだ。智識寺とは、名もなき人々の寄進によって建立された寺で、聖武天皇はその姿勢に感動し、光明子が背中を押して、東大寺建立が発願(ほつがん)されたのである。

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執筆者プロフィール
関裕二
関裕二 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』(以上、新潮文庫)、『伊勢神宮の暗号』(講談社)、『天皇名の暗号』(芸文社)など著書多数。
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