中東「民主化」ドミノに思うこと

執筆者:山田剛 2011年2月4日

 

 風雲急を告げるエジプト情勢には驚くばかりだ。1990年の湾岸危機に際して、押し出しの強い存在感できれいな英語を操りCNNなど欧米メディアのインタビューに滔々と答えていたムバラク大統領の姿を思い出す。当時の彼は紛れもなく中東世界の有力リーダーの一人だった。1990年代後半にしばしば訪れた首都カイロでは、スラムが取り壊されて高級マンションになったり、湾岸アラブ資本のスーパーなどが続々開店し、ちょっとしたバブルに沸いていたものだったが。やはり、インターネットにアクセスできるような層が、失業などで社会的な不満を募らせるような国がいかに危険か、ということなのだろう。
 では、インドの場合はどうだろうか。宗教対立もくすぶり、約1億5千万人のイスラム教徒は総じて後進的な地位・待遇に甘んじている。急速に減少しているとはいえ、1日1ドル以下で暮らす貧困層が今も3億人近くいる。何よりも、インド独立後63年のうち、約36年間も首相の座に就いているネール・ガンディー家の「世襲」という歴史は今も続いている(事実上の最高権力者ソニア・ガンディー氏は故ラジーブ・ガンディー元首相の妻)。
 にもかかわらず、1970年代のいわゆる非常事態宣言下を除けば、人が多数死ぬような大規模な反政府抗議行動は起きていない。地方都市のデモやストライキは州の有力政党が主導する「政治的意図」のあるものがほとんどだ。パキスタンの息がかかった非合法イスラム過激派や極左武装勢力の跋扈も、市民生活を根幹から揺るがすようなことはない。
この理由はいくつか考えられるが、まずは必ず5年に1回ガチンコで行われる選挙の存在が大きい。利益誘導や買収・饗応、地主の小作人への圧力などはあるものの、投開票プロセスの公正度はとりあえず誰も疑わない。2004年には高成長の恩恵から取り残された農民や貧困層の「反乱」で与党インド人民党(BJP)が敗北したと言われている。次に大きいのは、正しい情報の存在だろう。新聞・雑誌の普及率には驚くべきものがあるし、電気のない農村でも発電機につないだ街頭テレビがあり、ちゃんと現地語のニュースをやっている。もちろん、メディアには言論・報道の自由があり、どんな厳しい政府批判もOKだ。
さらにインドでは、為政者にとって危険な「高学歴者の大量失業」という問題もとりあえず顕在化していない。海外も含めて何らかの職はあるということだろう。被差別カースト出身者には大学や公務員などに一定の留保枠もある。貧困者のためのセーフティーネットも不完全ながら機能している。気候温暖なインドでは、貧しくてもとりあえず生きていける。これらこそが、インドにあって中東の多くの国にないもの、ということができそうだ。
膨大な貧困層に加え農村人口が全体の3分の2を占める約8億人もいるインドでは、ひとまず中間層だけを育てようというアジア型発展モデルは適用が困難だ。そもそもインドの民主主義体制下でそんな政策を採用すれば選挙で負けてしまう。
「誤作動」「ポピュリズム」「カオス」などとしばしば揶揄されるインドの民主主義だが、国家の安定維持という点では決して悪いシステムではないと思う。
                           (山田 剛)
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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