『その年の冬は暖かかった』

平井久志
執筆者:平井久志 2011年2月10日
エリア: 朝鮮半島

 韓国の映画監督、ペ・チャンホが1984年に製作した映画に『その年の冬は暖かかった』というのがある。ちょうど韓国に留学している時で、韓国のスルメの臭いが充満する映画館で見た。

 朝鮮戦争(1950~53年)で生き別れになった姉妹の物語で、ペ・チャンホ監督の注目作品だった。映画は朝鮮戦争とベトナム戦争を時代背景にして、持てる者になった姉と、持たざる者にしかなれなかった妹の人生を描いたものだ。妹役の李美淑が好演だった。

 ずっと、題名が気になっていた。朝鮮戦争の辛い体験を描いたものだが、なぜ題名は『その年の冬は暖かかった』なのか疑問を抱いていた。朝鮮戦争当時の冬の気温はどうだったのかと思っていた。この映画は朴腕緒の小説が原作らしいが、原作を読んでいないので、その題名に対して抱いた疑問はいまだに解決していない。人間が耐えられないような苦難に陥り、それが歳月を経ると逆に美化したい追憶となり「暖かかった」と言うという反語的な意味なのだろうと思ったりもする。

 この映画の題名を思い浮かべたのは、今年の北朝鮮の気温を見ていてだ。

 北朝鮮の首都、平壌の今年1月の平均最低気温は零下13.7度、最高気温は零下4.1度だった。最も寒かった1月16日は最低気温が零下18度だった。1月中で最低温度が零下10度以上だったのは1月9日(零下9度)、1月14日(零下6度)の2日間だけだった。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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