メルー・キャブスが教えたインド・ベンチャービジネスの可能性

執筆者:山田剛 2011年2月26日
タグ: インド 日本
エリア: アジア

 

 
 サービスや品物の品質にばらつきが大きいインドは、実にツッコミどころ満載の国である。インドにあまり好意を持っていない人たちにとって、「停電」などインフラの不備や「約束通りに来ない業者」などと並んで非難の矛先が向くのが公共交通機関、とりわけタクシーである。多くのタクシー用車両では今も、鋼板が厚くて乗り心地が悪く騒音も大きいヒンドスタン・モーター製の「アンバサダー」が圧倒的なのだが、エアコンや窓ガラスがちゃんと作動しなかったり、メーターの故障(時として運転手が意図的に動かさないこともある)を理由に不当な料金をふっかけられたりする。そのくせ駅や空港、夕方の繁華街などではタクシー待ちに長蛇の列が出来ていたりと、あまりいい思い出はない。
 こうした中登場したインド初の本格的な無線タクシー「メルー・キャブス」は、マルチ・スズキの「エスティーム」やタタ自動車の「インディゴ」など、比較的ハイグレードなセダンを投入。冷暖房完備なのはもちろん、地理や接客などでしかるべき研修を受けたドライバーや、各車に搭載したGPSを活用して最寄りの空車を探し出す自社開発の配車システムなどが人気を集めて急成長。もちろん全車にデジタル式のメーターが付いている。 
 2007年にムンバイでわずか45台からスタートしたメルー(ヒンドゥー教やジャイナ教における「神の山」を意味するサンスクリット語)は現在、ムンバイ、ニューデリー、ハイデラバード、バンガロールなどで5000台を超えるタクシーを保有し、月間100万人の旅客を運んでいる。年内にはこれを7500台に増やす予定で、初の黒字達成も視野に入ってきた。
同社のウェブサイトによると、メルーは今や「世界第3位の無線タクシー会社」とのことで、来年には海外にも進出する計画だ。実際、ニューデリーやムンバイなどの大都市では、エメラルドグリーンに塗られた同社のタクシーをあちこちで見かける。車両の天井やドアにはびっしりと携帯電話会社や家電販売店の広告をペイントするなど、関連事業にも抜け目がない。
 ご存知のように、ミサイルや人工衛星から肌着、サンダルまで何でも自国で造ることができるインドだが、日本など先進国では当たり前となっている「宅配」や「通販」「保険」「賃貸住宅」などのサービスの質がまだまだエクセレントとは言えない。
 起業家精神あふれるインド人はこうした状況に着目、次々と新ビジネス創造に乗り出している。最近現地メディアで紹介されたものだけでも、テレマーケティングによる生保商品販売や高級マンションの斡旋、オンラインによる長距離バスのチケット予約、スパサロンといった様々な業態のベンチャー企業が相次ぎ成功を収め、注目企業の仲間入りを果たしている。
これまでインドでは起業家を育てるためには不可欠なベンチャーキャピタルが不十分で、それゆえ電話とパソコンと机さえあれば起業できるIT(情報技術)ぐらいしか新興企業が育たなかったといわれているのだが、最近ではヘリックス・インベストメンツやBVP、ヘリオン・ベンチャー・パートナーズといった有力ベンチャーファンドが新興企業に思い切った投資を行い、競うようにそれらを世に送り出している。「ベンチャー不毛のインド」という認識も、そろそろ改めなければならない時期に来ている。インドが出遅れていたり不備が目立つ分野は、裏を返せば大きなビジネスチャンス。だからインドにはまだまだ多くの商機があると言える。(山田 剛)
カテゴリ: 経済・ビジネス
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