「指揮官道」とは

2011年4月4日

 総理は国家危機管理の最高指揮官である。事態対処に当っている者に「報告が遅い」と怒りをぶつけるのは、国家最高指揮官の威厳を損なうどころか「この人について行こう」「この指揮官の下で頑張ろう」という気持ちが萎えてしまう。

 震災後真っ先に原発を優先して視察先としたのは何故か。悲嘆にくれる被災者を慰め激励するために最悪の現場を訪れなかったのは何故か。地震発生直後の夕刻、筆者の手元に「原発メルトダウン」の予見がメールされた。同僚が更に情報を探り、翌正午過ぎに「避けられない深刻なトラブル発生」と携帯に伝わって来た。菅総理の原発への急行は、決して根拠の無いものではなかった。しかし、東京に戻ってからの原発視察に関するコメントは、明確でなかった。その後の悪化する事態は、12日の時点で菅総理の想定するところとなっていたのではないか。事態が予測できると、その予測に比較して「報告の遅滞」が気に障り、部下に報告を督促し、遅滞の非を糾弾する。指揮官道ではこれを戒めている。

 総理は自衛隊の最高指揮官である。戦力の逐次投入は失敗を招く。2万から5万へ、そして10万へと投入規模は日増しにされた。

 一気に10万人規模の自衛隊員を投入して誰が非難しよう。最大限の戦力投入がより多くの生命を救ったに違いない。空挺降下作戦を強行して誰が咎めよう。92時間経過して、絶望の淵から尊い人命が救われた。現場の自衛官たちは「最大限の戦力集中発揮があったならば如何」と口惜しく思っているに違いない。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
comment:4
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
価値あるバックナンバー
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順