なお残る「女児忌避」の伝統

執筆者:山田剛 2011年4月4日
タグ: インド
エリア: アジア

 

 10年に一度実施する2011年インド国勢調査(センサス)の速報がこのほど発表された。総人口は前回2001年センサス時より17.64%増加して12億1019万人と、ついに12億人の大台に乗ったが、過去10年間の人口増加率で見ると初めて低下に転じた。また、相変わらず男女間で大きな格差があるものの、国民の識字率は前回を9ポイント強も上回る74.04%に達した。
 こうしたポジティブな結果が確認できた反面、0-6歳の幼児の性別比、つまり「男児1000人当たりの女児数」は全国計で914と、独立以来最低の数字を記録した(成人も含めた全国民ベースでは940で上昇傾向にある)。これは、農村部を中心に女児の選択的な堕胎など「男児選好」の傾向がより強まっていることを意味する。
 嬰児の「間引き」というと、凶作にあえぐ貧困農民が口減らしのために…、という構図が思い浮かぶが、インドでは必ずしもそうではなく、北西部パンジャブ州(男児1000人当たり女児846人)、ハリヤナ州(同830人)のように、農業生産性が比較的高い北部州でこうした傾向が顕著だ。
 この「0-6歳の性別比」では、女児の比率は今日まで一貫して減少を続けている。理由はいくつか指摘されているが、まず農村地帯では労働力になりにくい女児が敬遠されること、政府があの手この手で啓蒙しているが、嫁入りの際の巨額な持参金いわゆるダウリーが親の大きな負担になること、などが挙げられる。その結果、貧しい農村部などでは手軽な超音波検診で胎児が女児と分かると人工中絶を選択したり、無事に生まれてきても育児放棄したり、食事や医療でも男児を優先し女児を後回しにするなどの家庭内差別があちこちで見られる。結果的に女児の幼児死亡率も男児に比べて高くなるというわけだ。
農村ではよく「男の子は財産、女の子は負債」といわれるが、貧しい農民や子沢山の貧困層の間では重い言葉だ。なによりも親が男のきょうだいだけを大事にするという幼児体験が女児の人格形成に悪影響を与えないはずがない。
農村までも含めた好景気や所得増の結果が近年のインドの高度経済成長につながっているはずなのだが、実態は相当まだら模様だ。今回のセンサスは、成長の恩恵が徐々に浸透しつつあるとはいえ、まだまだ地方や農村部では子育てのコストが親にとって大きな負担になっていることを如実に示した。教育やヘルスケア、農村開発に力を入れてきた連邦・州政府による政策の有効性にも大きな疑問が投げかけられた格好で、センサスを実施した内務省も「重大な事態」と認めている。
 ヒューマニズムを振りかざしてこうした貧困や社会の矛盾を大々的に喧伝するのは、かえって全体が見えなくなりミスリーディングではあるが、インドの高成長を褒めたたえようとする際には押さえておいてもよい問題だと思う。  (山田 剛)
カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
山田剛(やまだごう) 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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