本格化するインド「中間層ビジネス」

執筆者:山田剛 2011年4月11日

  途上国や新興国が経済発展していくと、市民の間に耐久消費財や不動産の購入ブームが起きる。わが国でも昭和30年代以降、テレビや冷蔵庫、乗用車などが大いに売れ、戦後の復興期からがむしゃらに働いてきた我々の父親世代に大いなる達成感をもたらした。インドも今まさにそうしたステージにさしかかっている。すでに携帯電話は累計6億人以上が加入。乗用車は年間250万台以上、二輪車に至っては1100万台以上が売れており、インド人にとってこれらの商品はもはや遠い夢やあこがれではなくなった。
 インドの経済成長を語るときに良く使われる「中間層」という定義は、ややあいまいであり、時にはミスリーディングなのだが、ここでは「会社員、公務員などの定収入があり、ローンを組めば小型乗用車ぐらいは何とか買える年収20万―100万ルピー前後(1ルピー=約1.9円)の階層」と位置づけるのが最も自然だろう。
 こうした中間層をターゲットにしたビジネスがいよいよ本格的に拡大してきた。各社が競って開発・分譲を手がけ始めた「低価格住宅」がその一つだ。この低価格住宅も定義が難しいが、だいたい大都市から1時間程度の郊外に立地する広さ30―60平方メートルの分譲住宅で、価格が50万―150万ルピー前後、というのが一般的だ。
 タタ・グループ傘下のタタ・ハウジングは2009年、ムンバイ郊外ボイサールで低価格住宅の開発事業(計1200戸)を開始。2012年までにデリー首都圏、ムンバイ、バンガロール周辺などで15万戸の低価格住宅を建設する計画だ。またインドの大手デベロッパー、ユニテックもムンバイ、デリー郊外や中部マドヤプラデシュ州ボパールなどに計2万戸を分譲するとしており、2011年度は200億ルピーを投資する予定。同社のサンジャイ・チャンドラ社長はメディアの取材に対し「上位2―3%の階層の顧客だけを相手にしていた戦略は誤り」と述べ、中間層主体のボリュームゾーン開拓に意欲を示している。
 今年4月上旬には二輪車メーカーや金融部門などを抱えるTVSグループが低価格住宅事業への参入を表明。日本企業も数多く進出する南部チェンナイの郊外で床面積36―46平方メートルの小型住宅を70万―100万ルピーで販売する計画だ。
 インド政府委員会の報告書によると、欲しくても家を買えない都市住民は2100万世帯に達しており、これらの潜在市場は13兆ルピーに達するという。インドはご存知のように人口約12億人の人の半数が25歳以下という若い国。核家族化も進展しており、今後膨大な住宅事情が生まれるのは確実だ。
 中間層に大きなチャンスを見出しているのは耐久消費財や不動産の業界だけではない。第一三共の傘下に入った製薬大手ランバクシー・ラボラトリーズの前オーナーであるマルビンダル・シン、シビンダル・シンのシーク教徒兄弟の下で国内外の病院を相次ぎ買収し、事業開始から10年でアジア有数の高級病院チェーンに成長したフォルティス・ヘルスケアはこのほど、中小都市を中心に低価格で医療を受けられる新たなブランドの病院チェーンを展開する計画を明らかにした。
 心臓や循環器系を中心に優秀な医師を揃え、中東や欧州からの患者を受け入れるいわゆるメディカル・ツーリズムも盛んなインドだが、地方の公的医療は公立セクターの初等・中等教育と同様にかなり荒廃しており、腕の良い医師が私立病院に引き抜かれたり、病院の医師が他のクリニックでアルバイトしていて本来の職場にほとんど来ない、といった例は日常茶飯事だ。
 適正な競争原理が働かず量産も効かない新興国・途上国では、住宅やクルマや家電から食品や消費財、サービスに至るまで、えてして価格が購買力に比べて割高であることが多い。最先端を行く民間企業の新たな試みは、より多くの市民が質のよい品物やサービスの提供を受けられるように、現状を多少なりとも変革していくだろう。(山田 剛)
 

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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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