復興へと舵を切る宮城県

名越健郎
執筆者:名越健郎 2011年4月14日
カテゴリ: 社会
エリア: 日本

 東日本大震災では、宮城県の被害が最も大きかった。4月13日時点で、県内の死者・不明者数は1万5909人。同日時点の暫定被害総額は2兆2457億円。福島県は5553億円(原発20キロ圏の被害を除く)、岩手県は3763億円で、宮城が突出している。東北経済の牽引車だった宮城県と仙台市がどう復興するかに、東北の将来がかかってこよう。

巧みな危機管理

表敬に訪れた日米共同調整所の米軍側指揮官クレイグ・ティンバーレイク大佐(右)と握手する宮城県の村井嘉浩知事 (C)時事
表敬に訪れた日米共同調整所の米軍側指揮官クレイグ・ティンバーレイク大佐(右)と握手する宮城県の村井嘉浩知事 (C)時事

 震災後1カ月の展開を仙台で見ていると、村井嘉浩宮城県知事(50)がいなかったなら、県民はもっと打ちひしがれていたのでは、と思ってしまう。それほど、村井知事のリーダーシップと危機管理は見事だった。  大地震直後、国に先駆けて自衛隊の緊急出動を要請。自ら被災地を飛び回り、1日も休まなかった。朝晩県庁で開かれる災害対策本部会議を記者団に公開し、メディアを巧みに利用して窮状を訴えた。会議では、部下を叱ったりせず、持ち上げながらやる気を誘導していた。  震災直後、孤立した被災地で住民の水や食糧が不足すると、自衛隊や米軍を活用して迅速に解決した。物流が途絶し、燃料不足が深刻化すると、一部炎上していた仙台港の製油所のタンクから軽油を引き出すよう指示し、成功させた。  これほどの危機にあっても笑顔とスマートさを絶やさず、避難所では被災者を激励し、土下座を繰り返した。4月8日、首相官邸で菅直人首相と会談した時のこと。村井知事は「こういう時に萎縮してはいけない。総理自ら、景気回復で音頭を取ってほしい」と激励した。テレビでこの模様を見ていて、役者が違うと思わざるを得なかった。  震災後、被災地で活動している阿久津幸彦内閣府政務官は「被災した宮城、福島、岩手3県では、宮城が最も復興に積極的だ。原発事故のある福島が遅れており、岩手がその中間」と述べ、知事の資質も影響しているかもしれないと付け加えた。危機の時こそ、政治家の資質が試されるのだ。

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執筆者プロフィール
名越健郎
名越健郎 1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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