ビン・ラーデン殺害は印パ和平にとってチャンスか

執筆者:山田剛 2011年5月28日
カテゴリ: 外交・安全保障 国際

  パキスタン北部・アボッタバードの隠れ家に米軍特殊部隊が突入し、十年来のお尋ね者だった国際テロ組織アルカイダ最高指導者オサマ・ビン・ラーデンを殺害した「事件」については、すでに世界中のメディアがさんざん解説しているので、背後関係などに関する詳しい言及は不要だろう。だが、ここでこの事件がインド・パキスタン関係に与えるであろう影響について、今一度考えてみたい。

まずパキスタンが受けたダメージだが、ビン・ラーデンを長年匿っていたことがバレてアメリカの信用を失い、国際社会からの疑惑も強まったことでは大いに困惑しているだろう。ムシャラフ前大統領の後任として陸軍参謀長のポストに就いたアフシャク・P・キヤニ将軍は、ビン・ラーデンがアボッタバードに移り住んだとされる2005年当時、パキスタンのエリート諜報機関「三軍統合情報局(ISI)」の長官を務めていた。故ブット元首相の夫で坊ちゃん育ちのプレーボーイだったザルダリ大統領率いるいささか間の抜けた文民政権ならともかく、最精鋭の軍がアボッタバードの駐屯地などから数百メートルしか離れていない場所に国際テロリストの親玉が暮らしていたことを知らなかったでは済まされない。
だが、米国は今後もパキスタン国内、或いは隣国のアフガニスタンでアルカイダ系テロ組織やイスラム原理主義組織タリバンの残党に対する掃討作戦を続けなければならない。テロリストが潜むとされるパキスタン・アフガニスタン国境地帯はもちろん、パシュトゥン人が多く住む北西辺境州などではかねて反米感情が強く、作戦行動では常にパキスタン軍が前面に立たざるを得ないため、パキスタン軍の全面支援が不可欠なのである。だからこそ、2001年のいわゆる9.11同時テロ以降、米国はパキスタン政府に100億ドルを優に超える資金を突っ込み、その多くが軍部に流れたのである。いまさらこのカネをどぶに捨てるわけには行かない。
アメリカが見放すと中国に走ってしまう、という心配もあるかもしれないが、米国はしばらくは呆れつつもパキスタンの面倒を見続けるだろう。
次にインドの反応だ。インドから見れば今回の事件は「テロリストに自国領土を利用させない」とのパキスタン政府の口約束が、本当に口約束だったことがわかったわけだが、インド政府当局は今のところ非常に冷静に立ち回っている。もちろん、インドは今後も、友好国アメリカとともにパキスタンに対し、2008年のムンバイ連続テロの全容解明や首謀者引渡しなどでじわじわと圧力をかけていくだろうが、「それ見たことか」と気負いこんでパキスタンをことさら追い込むことはしないだろう。インドで起きたテロ事件をガチンコで捜査していくとやがてパキスタンの軍中枢やISIに行き着いてしまい、双方引っ込みがつかなくなることを十分理解しているからだ。
おそらくインド側は今回のパキスタンの失態に目をつぶり、メンツに配慮して貸しでもつくる腹なのではないか。アメリカが腕を組んで注視している前ではISIもそう派手には動けず、当面はインドに対する敵対的行為や疑惑を招く行動を差し控えると思われる。
3月末のクリケット外交や内務・商工次官会合などが成果を上げ、両国は和平プロセスの一環となる包括対話の再開にもほぼ2年半ぶりに合意した。パキスタン政治・経済に今なお大きな影響力を維持しているキヤニ参謀長はじめ軍部がどこまでインドに歩み寄るのかは推測が難しいが、ビン・ラーデン殺害という事件が、印パ関係再構築にとって一つのチャンスとなる可能性は十分ある。(山田 剛)
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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