クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか?
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中国が空母を持つ時代

徳岡孝夫
執筆者:徳岡孝夫 2011年7月13日
カテゴリ: 国際 外交・安全保障
エリア: 中国・台湾 日本

 ベトナム戦争の時代、私は何度も南シナ海上の米海軍空母を取材しに行った。最後はサイゴン陥落の前日、ボートピープルと共にヘリで米空母ミッドウェーに脱出した。  乗組員2000人(くらいだったと思う)、それに空軍3000人が加わると、空母は「浮かぶ都市」になる。PX(艦内の売店)のクリスマス商戦のクジ引き1等賞はキャデラック1台だった。  取材に来る記者に艦内を案内し質問に答える部門をC1Aという。最初に私を担当した将校が言った。 「休暇でマニラのホテルに泊ったときだ。チェックインのとき、住所の欄にC1Aと書いたら、ホテルの男は感心したよ。あなた様のように正直に書いた方は初めてです、とね」  誰だってCIAと読み違えるだろうと言って、私も笑った。  遠いワシントンのホワイトハウスで、大統領が「北爆停止」を決断する。命令は米海軍司令部を通じて南シナ海上の空母に届く。司令官は間髪を入れず裸になり、甲板に置かせたデッキチェアの上で日光浴を始める。その間わずか3分。電話の時代でそうだったから、今ではもっと素早くなっているだろう。出撃して空中にいたF4戦闘爆撃機が、爆弾を抱いたまま次々に着艦する。  ゼニを握った子供は、オモチャを欲しがる。世界中の海軍提督が、時代の最先端をゆく航空母艦を持ちたいと願っている。中国がとうとう空母を持った――といっても、まだ改造空母のようだ。初の公試運転をしたと外電にあるが、新華社は無言を守っている。旧ソ連海軍の艦艇を改造したものらしい。改造空母なら、前大戦の末期には日米双方の海軍が持っていた。

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執筆者プロフィール
徳岡孝夫
徳岡孝夫 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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