インドは「テロ慣れ」しているのか

執筆者:山田剛 2011年7月23日

 クーデターや激しい政争があっても、経済だけは粛々と動くタイの「政経分離」ぶりにはいつも感心させられるが、度重なるテロにも政治家が極めて冷静で、株価が急落したりしないインドでもまた、これらテロのリスクを最初から織り込み済みのように思える。
 13日に商都ムンバイでまたも繰り返された連続爆弾テロに際し、当初こそ「(08年11月の)前回テロ事件に対する捜査が甘かった」「ムンバイに配備されている防犯カメラの台数が少なすぎる」「政府の弱腰対応がテロリストを増長させた」などと、市民や産業界、メディアから批判が相次いだ。こうした中、例によってシン首相がムンバイに飛んで犠牲者の遺族や負傷者を見舞い、チダムバラム内相が徹底した捜査を命令し、クリシュナ外相がテロ非難声明を出す、というおなじみのルーチンワークが繰り返されたのだ。

 しかし、テロ発生後4-5日を経過した時点でメディアの関心は企業の4-6月期決算や農業生産に大きな影響を与えるモンスーンの行方、そして現職閣僚2人が相次ぎ辞職した携帯電話ライセンス汚職などに移り、少なくともメディアの上ではテロを巡る議論はほぼ下火となっている。
 日本をはじめ世界中の対印投資が集まる一大拠点の一つがムンバイとその周辺(プネー、アウランガバード、ナーグプールなど)なので、今回のテロではインド向け対内投資への影響を心配する声もあるようだが、今のところは杞憂となりそうだ。21人もの無辜の市民が犠牲となった痛ましい事件なので、決して茶化すつもりはないのだが、どうやらインドおよびインド人は良くも悪くも「テロ慣れ」してしまっているようだ。
 インド経済の「通信簿」として、各種経済指標や政策、企業業績などを驚くほど素直に反映するのが、ムンバイ(ボンベイ)証券取引所(BSE)の株価だ。代表的な平均株価指数であるSENSEX30はテロから一夜明けた14日に小幅ながら続伸。その後もみ合いながらも22日には金融、IT(情報技術)企業などの好決算を材料に買いが進み、前日比286ポイントの上昇を見せ、テロ事件前の水準をあっさり回復した。
 今春には2G携帯電話ライセンスや英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ)などを巡る汚職の連鎖が嫌気され、株価が大幅続落したケースがある。このように株価はインド人投資家だけでなく、市場のメインプレーヤーである米欧日の金融機関・機関投資家の評価も反映しているのだが、彼らもまたテロの影響をさほど深刻に受け止めていないようだ。
 今のところ、今回のテロは7月下旬に予定されている印パ外相会談を妨害するための工作といわれているが、印パ両首相によるクリケット外交の実現や印パ貿易交渉の再開など、再び雪解けの兆しが見え始めた印パ関係に危機感を強めたイスラム過激派の犯行、という説明には十分な説得力がある。

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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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