フランスとルワンダ、遠い正常化

国末憲人
執筆者:国末憲人 2011年9月15日
カテゴリ: 国際 政治

 私のアドレスには毎日、フランスとルワンダの大統領府から、それぞれの大統領の声明や予定を知らせる大量のメールが届く。フランスは一応自分の守備分野だから当然として、ルワンダというのには訳がある。ルワンダ大虐殺直後の1994年秋、私は隣国ザイール(現コンゴ)に約1カ月滞在し、ルワンダ難民キャンプを取材した。以降、この地域の動向が気になって、断続的にフォローしてきたからだ。

 両国からのメールのテーマが、ここ数日重なっている。11日から13日にかけて、ルワンダのカガメ大統領が大虐殺後初めて、フランスを公式訪問した。

  11日午後、シャルルドゴール空港に到着したカガメ大統領は、まず欧州で暮らすルワンダ人との会合を持った。12日午前にはフランス国際関係研究所(Ifri)で講演した後、サルコジ大統領をエリゼ宮(仏大統領府)に訪ね、昼食を取りながら会談。13日にはフランスの財界と朝食をともにした。正味2日間の、短いながら内容のつまった訪問だった。
 
 その中で特徴的だったのは、12日の首脳会談の後だった。通常の首脳会談では、その後に共同記者会見が開かれる。しかし今回、会談後にサルコジ大統領はコメントを発表しただけで、記者団の前に姿を現さなかった。カガメ大統領1人が短く取材に応じたものの「過去よりも将来を見据えたい。将来につながるあらゆるテーマについて話し合った」と、ごく抽象的な内容を説明した程度だ。簡単ではない両国間の関係をうかがわせる対応だった。

 94年の大虐殺以前のルワンダでは、多数派フツと少数派ツチの民族対立が深まっていた。その中で、フランスはフツ主体のハビャリマナ政権と経済、軍事的に密接な関係を維持していた。大虐殺の首謀者は、ハビャリマナ大統領の周辺にいたフツ急進派とみられている。だから、大虐殺後に政権を握ったツチ出身のカガメ大統領らは「フランスは虐殺に加担した」と非難し、以後両国関係はぎくしゃくし続けた。決定的となったのは、大虐殺の引き金となったハビャリマナ大統領搭乗機撃墜事件にかかわったとして、フランス司法当局が06年、カガメ大統領側近を指名手配したことだ。反発したルワンダはフランスと断交した。

 しかし、両国はなかなか縁の切れない関係でもある。ルワンダはベルギーの旧植民地で、大虐殺前の主要言語はフランス語だった。教育面、宗教面でもルワンダとフランスのつながりは浅くなかった。フランスにとっては、鉱物資源が豊富な隣国コンゴの安定に、軍事力を誇るルワンダの協力が不可欠、との判断もあった。07年にサルコジ政権が誕生してから歩み寄りが顕著になり、09年に両国は国交回復を発表、昨年2月にはサルコジ大統領がキガリを訪問した。
 
 私は、その訪問にパリから同行した。サルコジ大統領のルワンダ滞在はわずか半日だったが、キガリ郊外の虐殺記念館を訪問し、犠牲者を追悼する記念碑に献花した。首脳会談後の記者会見で、サルコジ大統領は「大きな間違いがあった。虐殺の規模を見抜けなかった」と過去の誤りを認め、関係改善に大きな一歩をしるした。

 この時私が垣間見たキガリで何より印象的だったのは、チリ一つ落ちていない街角の清潔さだ。公共空間でこれほど掃除が行き届いているのは、世界中でも日本とルワンダぐらいでないか。もう一つ驚いたのは、街中の表示が、地元のキニアルワンダ語以外ではすべて英語になっていたことだ。大虐殺以前にこの国は仏語圏だったが、カガメ大統領を含む現政権の主流は英語圏のタンザニアやウガンダに亡命した家庭の出身者で、仏語をほとんど話せない。虐殺後十数年で、この国の言語は仏語から英語へと完全に入れ替わってしまったのだ。
 
 今回のカガメ大統領訪仏は、昨年のサルコジ大統領訪問に続く動きといえる。実現しただけで、両国の首脳同士の関係は極めて良好だと言えるだろう。ただ、ルワンダの大統領訪問に対する異論は、フランス国内の様々な方面から噴出している。

 一つは、大虐殺に対するフランスの責任を認めることへの反発だ。通常は首脳会談となると、外相も同席するケースが少なくないが、今回フランスのジュペ外相は会談に合流しなかった。中国を訪問中、というのが公式な理由だが、言い訳に過ぎないと見られている。大虐殺の時にもバラデュール首相の下で外相だったジュペ氏は、ルワンダ現政権からその責任を厳しく批判されてきただけに、カガメ大統領の訪問を素直に受け入れられないのだろう。ジュペ氏ほどの当事者でなくても、謎が多い大虐殺の経緯についてルワンダ側の主張を受け入れるかのような形で両国が関係を改善することへの批判は、仏国内で決して弱くない。

 二つ目は、ルワンダ旧政権側の関係者の反発だ。ツチ主体の現政権が誕生して、フランスやベルギーに亡命したフツは多い。こうした人々の抗議デモが12日にパリであった。これら亡命者の中には、大虐殺への関与が疑われる人も少なくない。しかし、彼らにとってはカガメ政権こそが戦犯だ。カガメ大統領を受け入れたサルコジ大統領も、彼らの批判の対象になっている。

 もう一つは、国際人権団体の反発だ。カガメ政権は確かに、大虐殺後の復興と国内和解をある程度実現したが、一方で独裁政権の側面も多分に持っている。ルワンダで反体制派やジャーナリストへの迫害は、これまで何度も指摘されてきた。市民団体「国境なき記者団」は、カガメ大統領の訪問先で「言論の自由を略奪した」と非難するプラカードを掲げて抗議した。

 国と国との関係は難しい。経済面からだけ考えると、仲良くするのが一番だ。フランスとルワンダの場合、フランス側は現地への足がかりを確保したいし、ルワンダ側は投資を呼び込みたい。両者両得、何の問題もない。首脳同士の思惑も、その点で一致している。ならばすぐに協力できるかというと、そうはいかない。安易な手法で手を結べば、国内の反発勢力を納得させられない。それは、反発する人々を生み出すだけの歴史があったからだ。その歴史を乗り越え、手を結ぶには、双方の社会がそれなりに成熟する必要がある。

 両国は、関係の正常化に向けて少しずつ前進している。とはいえ、その道のりはまだまだ遠いと言えるだろう。

(国末憲人)
 

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執筆者プロフィール
国末憲人
国末憲人 1963年生れ。85年大阪大学卒。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。富山、徳島、大阪、広島勤務を経て2001-04年パリ支局員。外報部次長の後、07-10年パリ支局長を務め、GLOBE副編集長、本紙論説委員のあと、現在はGLOBE編集長。著書に『自爆テロリストの正体』(新潮新書)、『サルコジ―マーケティングで政治を変えた大統領―』(新潮選書)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』(いずれも草思社)、『ポピュリズム化する世界』(ダイヤモンド社)、共著書に『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う―』(草思社)などがある。
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