アラブの激動に「追い抜かれた」前衛詩人アドーニスにノーベル文学賞は来るのか

池内恵
執筆者:池内恵 2011年10月5日

毎年10月はノーベル賞受賞者が発表される季節だ。この時期になると、アラブ人が受賞するのでは、という観測から、新聞記者が私のところにあらかじめ原稿依頼をしてくるので、それで「今年も秋が来たな」と感じるようになったほどだ。今年の文学賞は日本時間106日の夜、決定が遅れればその一週間後の13日に発表があるものとされている。

シリア生まれの詩人アドーニス(Adonis 1930年-)は、ノーベル文学賞の最有力候補として長年取りざたされてきた。日本のメディアで騒がれることの多い村上春樹よりもずっと有力とされていて、イギリスなどでの賭けでもたいてい筆頭に来る。確かに条件は揃っている。ノーベル文学賞をもらう前に受賞していることが多い欧州の国際的文学賞を軒並み受けている。

これまでアラブ人でノーベル文学賞を受けたのは、エジプト人の小説家ナギーブ・マフフーズのみであり、バランスからは「次はシリア人に」ということになるだろうし、「小説ではなく詩を」ということになるだろう、というのが事情通の観測だ。

そしてノーベル賞は「ヨーロッパの」賞であることを忘れてはならない。中東諸国からの受賞者は、文学賞にせよ平和賞にせよ、民族主義やイスラーム教の規範から離れて、「ヨーロッパ側に渡って来た」人の功を労い支援するという傾向が強い。2006年にトルコ人で初めてノーベル文学賞を受けたオルハン・パムクなどは好例で、トルコの「ヨーロッパ側の」都市イスタンブールへの帰属意識が強く、アナトリア半島や首都アンカラの民族主義やイスラーム教・伝統主義に対する批判的な立場を鮮明にしてきた。世俗主義的・自由主義的な西欧化知識人の典型である。この意味でもアドーニスはアラブ世界で受賞に最短距離と言える。

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執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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