経済の頭で考えたこと
経済の頭で考えたこと(40)

プーチン再登板「ロシア近代化派」はなぜ敗れたのか

田中直毅
執筆者:田中直毅 2011年10月11日
カテゴリ: 国際 金融
エリア: ロシア

 9月24日の政権与党「統一ロシア」の党大会は12月4日投票の下院選挙に臨む総決起大会のはずであった。なにしろ世論調査によれば「統一ロシア」に対する支持率の低下は著しく、何らかの体制再編は不可避の情勢であった。しかしメドベージェフ大統領とプーチン首相の「双頭体制」を変じて「双頭のたすきがけ」にするという発表がこの時点で行なわれるとは、「双頭」以外のほとんど誰も予測していなかったのではないか。

出馬宣言できなかったメドベージェフ

9月24日、モスクワで行われたロシア最大与党「統一ロシア」の党大会に出席したメドベージェフ大統領(右)とプーチン首相 (C)EPA=時事
9月24日、モスクワで行われたロシア最大与党「統一ロシア」の党大会に出席したメドベージェフ大統領(右)とプーチン首相 (C)EPA=時事

 私はその3日前の9月21日にメドベージェフ大統領による近代化政策の理論的な後ろ盾となっている「現代発展研究所(INSOR)」のユルゲンス所長に会った。モスクワは2008年5月のメドベージェフ大統領の就任以来、「シンクタンクのルネサンス期」を迎えたが、そのなかでもINSORはメドベージェフに直結した研究所とされている。ユルゲンスもこれを隠すこともなく、「財政的に常にクレムリンの支持を得てきた」と述べたほどである。ユルゲンスはメドベージェフが2012年3月に予定される大統領選挙への立候補宣言に踏み出せない事態に対する苛立ちを深めていた。彼は、メドベージェフ続投ならば、ロシアの近代化は一挙に進展、しかしもし再びプーチン大統領となれば安定優先への逆戻りとの見極めをしていたのだ。私が会ったその日、彼はメドベージェフの芽が完全になくなったとはみていなかったが、機会は失われつつある、と判断していた。  彼らは、9月8日にロシア中部ヤロスラブリで行なわれる「世界政策フォーラム」で、メドベージェフが大統領選挙への出馬宣言をすることに期待していた。しかし実際には、メドベージェフは「社会の多様化に応じた脱中央集権体制への移行」を主張するにとどまった。7月下旬にユルゲンスは同じく改革派のゴントマヘルと連名で『メドベージェフよ、いまこそルビコンを渡れ』という論文を寄稿したほどである。ヤロスラブリでの逸機はやはりこたえているな、というのが私の印象だった。

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執筆者プロフィール
田中直毅
田中直毅 国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。
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