「チリ・モデル」の終焉か先進国入りへの陣痛か

遅野井茂雄
執筆者:遅野井茂雄 2011年10月12日
カテゴリ: 国際
エリア: 中南米

 生き埋めになった鉱山労働者33人が救出されてから10月13日で1年、「世紀の救出劇」に沸き、政権の求心力が高まったチリのピニェラ大統領であったが、今や20%台前半の低い支持率に喘いでいる。4月末から始まった教育改革をめぐる学生運動による抗議行動が毎週のように首都の中心街を覆い続け、解決の糸口が見つかっていないためである。

「中南米の模範国」のはずが……

 チリは軍政末期からの4半世紀にわたり資源輸出を中心に持続成長を遂げ、市場改革の優等生として中南米の先頭を走ってきた。1990年の民政移管後の20年間、中道左派政権のもとでの「公正をともなう成長」路線により、貧困人口を39%から13%まで減少させ、1人当たりの国民所得も1万ドルを超え、昨年先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)入りを果たしたばかりである。
 世界経済フォーラムの国際競争力ランキングや、トランスペアレンシー・インターナショナルの透明度ランキングでも、チリは中南米でトップを走る。高い市場競争力をもち腐敗の少ない、先進国と肩を並べる中南米の民主国家として、各国が模範とすべきサクセスストーリーを誇示してきた。「世紀の救出劇」も、「さすがチリだ」「チリでなければ不可能だった」と、その評価の延長線で捉えられてきたのである(2010年10月20日「世紀の救出劇『南米先進国』チリの課題」参照)。
 ところが時に10万人規模で展開される学生の抗議行動を機に、この「チリ・モデル」の危機や終焉をめぐる論調が頻繁になされるようになった。根底には教育にまで及んだ新自由主義改革のひずみが潜んでおり、「ウォール街を占拠しよう」と気勢を上げる職の無いアメリカの若者たちとも共通する要因を抱えている。
 その前兆の一端はすでにあらわれていた。昨年2月のチリ大震災の際に、この中南米の模範国で、混乱に乗じて人々が食料品だけでなく白物家電までをこぞって略奪する姿に、多くの国民が眉をひそめた。また鉱山の落盤事故も、安全を軽視し、企業側に有利な過度の自由化を進めた鉱山開発事業に根源はあった。
 またちょうど「世紀の救出劇」のさなか、先祖代々の土地の回復を要求する先住民のマプチェ族の活動家で「テロリスト」として政府に逮捕されていた32名が、収容所内で抗議のハンガーストライキの実力行使に出ていた。これも人権に敏感であるはずの左派政権を含め、先住民の権利の保障よりは、輸出の重要部門であるパルプ開発に携わる企業寄りの歴代政権の政策が背後にある(アジア経済研究所の北野浩一氏の報告が参考になる(http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/1011_kitano.html)。

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執筆者プロフィール
遅野井茂雄
遅野井茂雄 筑波大学大学院教授、人文社会系長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。
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