深刻さを増すタイ水害の「人災的側面」

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2011年10月26日
カテゴリ: 国際 経済・ビジネス
ペットとともに避難するバンコク市民(c)時事
ペットとともに避難するバンコク市民(c)時事

 インラック首相が「バンコク中心部の水没阻止に十分な自信が持てない」と弱気な発言をするほどに、タイの水害は深刻の度を増している。全国土の約3分の1が水没し、バンコクから北へ80キロほどのアユタヤ県を中心にバンコク北郊に広がる大規模工業団地は冠水。同地に展開している車、家電、ハイテク機器など日本の代表的メーカーの工場が被った被害は甚大だ。3.11から立ち直りかけた日本の製造業にとっては大打撃に違いない。  50年に1回ともいわれるほどの豪雨がもたらした「想定外」の雨量が今回の洪水の原因であることはもちろんだが、3.11と同じように人災的側面も考えない限り、今後も同じような事態が起こらないという保証はどこにもない。やはり、備えあれば患いなし、である。

失われたタイ北部の水田地帯

 先ず考えられるのが、日系メーカーの工場が立地しているアユタヤ県を中心とする一帯の地勢だ。かつては、この地域はタイの穀倉地帯と呼ばれ広大な水田が広がっていた。タイ北部に降った雨はタイを南北に貫く大河のチャオプラヤー川を滔々と流れ下り、堤防を越え水田に溢れだすが、水田が天然の貯水池の役割を果たすことから、水は滞留し、直ちに南下してバンコクを襲うことはなかった。タイの稲は日本種とは異なり水の深い環境に適応した品種である。だから、かつての広大な水田はタイ米を大量に生育させただけではなく、天然の貯水池でもあったわけだ。
 だが1985年9月のプラザ合意を機にアユタヤの水田面積は激減した。「円」がタイに集中豪雨のように降り注ぎ、日本のメーカーの大量進出がはじまる。そこで、水田を潰し土を盛り工業団地が急ピッチで造成されてゆく。雇用は拡大し、地元経済が大いに潤う反面、稲作農家は減少し水田は荒廃するばかり。産業構造の変化が水田面積の減少を促し、それがアユタヤ近辺の保水能力の決定的低下につながったのだ。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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