チョコパイと「強盛大国」

平井久志
執筆者:平井久志 2011年12月6日
カテゴリ: 国際
エリア: 朝鮮半島

 北朝鮮で「チョコパイ」が社会問題化している。英紙「デーリー・テレグラフ」(11月24日付)は「北朝鮮の開城工業団地のチョコパイが非公式通貨としての地位を占め、(同工業団地の)生産性に影響を与える要因になっている」と報じた。チョコパイが「非公式通貨」になっているというのは誇張した表現だが、開城工業団地のチョコパイ問題は北朝鮮社会が抱えている病巣を浮き彫りにしている。チョコパイ問題の根底にある北朝鮮社会の矛盾が、2012年に「強盛大国の大門を開く」としている北朝鮮の経済政策に影響を与えているのは事実だ。

包装紙のゴミが見当たらない

チョコパイ問題に揺れる北朝鮮の開城工業団地 (C)AFP=時事
チョコパイ問題に揺れる北朝鮮の開城工業団地 (C)AFP=時事

 発端は、北朝鮮側が最近になり、開城工業団地の入居韓国企業が北朝鮮労働者に間食として提供しているチョコパイの支給を止め、現金で支給することを要求してきたことだ。入居企業の集いである「開城工団企業責任者会議」は11月10日に運営委員会を開き、チョコパイの提供について企業格差があるため対応に苦慮しているとして、一種のガイドラインをつくってほしいと開城工業団地管理委員会に建議した。  現在、開城工業団地には123企業が入居、北朝鮮労働者数は約4万8000人に達している。ほとんどの企業で福利厚生と労働意欲向上のために北朝鮮労働者に人気の高いチョコパイを少ない企業で1日1人当たり3、4個、多い企業で10個提供している。開城工業団地では1日に実に約20万個のチョコパイが北朝鮮労働者の手に渡っている。  しかし奇妙なことに、同工業団地内でチョコパイの包装紙のゴミがまったく出ていない。北朝鮮労働者は自分でチョコパイを食べずに自宅に持ち帰り、これを民間の市場に売って利益を得ているとみられている。開城で韓国から1日に20万個のチョコパイが入り、これが02年の経済改革以降に急成長した市場を通じて北朝鮮全土に流通しているのである。  韓国企業がチョコパイを現金支給に変えれば、それは労働者には直接渡らず、北朝鮮当局を潤すだけで、逆に労働者の労働意欲を低下させることは必至だ。福利厚生や労働意欲を高めるために各企業が自主的に実施している措置の意味がなくなる。一方の北朝鮮当局にしてみれば、1日に20万個のチョコパイが北朝鮮に流入し、それが社会主義経済体制の阻害要因になっている状況を、これ以上放置できないということだ。  困った韓国の企業は「チョコパイは1日に何個提供」というガイドラインをつくってくれと韓国政府側に泣きついたが、本来は各企業が自主的に行なっている措置なので、政府が介入することも筋違いで、韓国政府も妙案がない。  チョコパイはもともと欧米の菓子だが、韓国では1974年に東洋製菓(現・オリオン)が発売した。ソフトケーキにマシュマロを挟みチョコレートで包んだこの菓子は大人気となり、韓国の国民的菓子としての地位を獲得した。後に、ロッテも参入。オリオン側では差別化を図るために「チョコパイ情(ジョン)」のブランドで売っている。ちなみにロッテ製は甘みが強く、オリオン製は甘みが抑えてあって、筆者は元祖のオリオン製が好きだ。  南北の葛藤を描いた韓国映画「JSA」では、韓国軍兵士がチョコパイを欲しがる北朝鮮兵士に対し「こっちにくればチョコパイが腹一杯食べれるぞ」と南への逃亡を誘うシーンがあった。  北朝鮮を脱出し02年に瀋陽の日本総領事館に駆け込んだハンミちゃん一家が紆余曲折を経て、ようやく韓国の地を踏んだ時に、当時の駐韓日本大使が面談した。大使は「北朝鮮の人はチョコパイが大好き」という話を聞いて、チョコパイをお土産に持っていったが、ハンミちゃん一家から「総領事館から追い出しておいて、何がチョコパイか」と顰蹙を買ったものである。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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