動き出した習近平外交

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2011年12月27日

 金正日の急死という北朝鮮情勢の激変も、どうやら北京にとっては織り込み済みだったようだ。というのも、最悪の場合は半島有事にエスカレートしかねない突発事態の発生にもかかわらず、習近平は当初から予定されていた通り、ヴェトナムとタイ両国を訪問しているからだ。北京を発ったのは金正日の死亡が発表された翌日の12月20日。22日までヴェトナムに滞在し、タイは22日から24日まで。この間、彼は胡錦濤国家主席を差し置いて既に「新世代の国家領袖として堂々の振舞い」(あるタイの華人企業家)を見せていた。その姿は、金正日弔問に北朝鮮の在北京大使館に現れた胡主席の一種窶(やつ)れの目立つ姿とは、余りにも対照的であった。

「四好」と「十六字方針」

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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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