2012インド「二都物語」

執筆者:山田剛 2012年1月28日

 今月中旬、久しぶりにインドへと現地調査に行ってきた。今回はインド最大の商都ムンバイとIT(情報技術)企業が集中する南部の学園研究都市バンガロールを訪問した。当地のエコノミストやインド企業幹部との意見交換や地場小売店・量販店の店頭チェック、ローカルマーケットでの物価調査などは非常に実り多いものだったが、その一方で、両都市とも交通インフラの整備が経済成長と人口増に追いつかず、街の機能が飽和状態に近づいていることを強く感じた。
 ムンバイは南北に長い半島部に都市が形成され、その突端部、つまり南のはずれにインド中央銀行(RBI)やボンベイ証券取引所(BSE)はじめ、タタ財閥など有力企業・グループの本部やインド門、タージ・マハル・ホテル、チャットラパティ・シヴァージ駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)などの歴史的建造物が集まっている。日本にたとえて言うならば、三浦半島よりもう少し細い陸地にだいたい2000万人以上が暮らしていて、城ケ島のあたりの中心街に鎌倉や横浜から人々が通勤してくる、というのが実感だ。
 しかも、この半島部を南北に貫く幹線道路は事実上1本、鉄道は3路線だけ。朝夕のラッシュは想像を絶するものがある。よくニュースや動画サイトなどにアップされている、ドアのない満員電車から体を半分はみ出させて通勤する人々の映像はまさにこのムンバイでリアルに見ることができるのだ。
 こうした渋滞を解消するため、2009年6月には西海岸の入り江をショートカットしてムンバイ中心部と郊外を結ぶ海上高速道路「バドラ・ウォーリ・シーリンク」が開通、10年3月には8車線へと拡張されて今日に至っているが、渋滞緩和で決定的な効果をもたらすには至っていない。
 そうこうしている間にここ数年、日系企業をはじめ外資の現地法人や地場有力企業・銀行などはバンドラ、ヴィクロリ地区など、ムンバイ国際空港に近い(あるいはその先)北部郊外のビジネス・コンプレックスなどに続々とオフィスを移転している。ところが、これらニューオフィスといわゆる旧市街のナリマン・ポイントやフォート地区の間を車で移動しようとすると日中でも優に1時間~1時間半、朝夕のラッシュに巻き込まれると2時間以上かかることもある。午後イチのアポイントなど入れようものなら、その日は一日つぶれてしまう。結構なハードシップだ。
 となると当然、2008年に着工されたムンバイ・メトロ(都市高速鉄道)に期待が集まるが、今年末に開通する予定の第1フェーズ・第1期はわずか11キロ。中国ほどではないが、地方からの人口流入で都市が膨張するスピードに交通インフラが追い付くかどうかははなはだ心もとない。
 ムンバイ以上の速度で拡大しているのがバンガロールだ。少し前までは都市人口600万人といわれていたバンガロールだが、800万人を優に超えている、というのが市民の共通認識だ。バンガロールでは昨年10月、初のメトロ(愛称ナンマ=私たちの=・メトロ)が開業したが(写真)、まだわずか6駅。これも東京に例えると、丸ノ内線が銀座駅から出発して茗荷谷あたりで折り返し運転している、というところか。車両は丸ノ内線と同じ架線のない第三軌条方式でわずか3両編成。日中の運転間隔は10~12分だ。

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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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