中国人にイヌ呼ばわりされた香港人

執筆者:野嶋剛 2012年2月2日

 中国人の大学教授が香港人を「イヌ」と呼び、香港の民衆が激怒して、中国政府側に謝罪を求める事件が日本の一部メディアでも報じられていますが、私としては、今回の問題での中国語の使われ方と中国・香港間にある言語の矛盾が見えて、大変に面白かったです。

発端は、香港の地下鉄車内で、中国大陸からの母子の観光客が何かを食べていたそうです。乗客が広東語で注意すると、母親の方は中国語(普通語)で「内地から来たからね・・、子供のことだし」と反論し、それがさらに乗客たちを怒らせ、列車を急停車させる騒ぎになったそうです。どうも、母子たちは広東語の意味も完全には分かっていなかったようですね。

この様子がユーチューブにアップされたのを見た自称、孔子の73代目、北京大学の孔慶東教授が、「中国語で話すことを義務づけるべきだ。列車の香港人は意図的に中国語を話していなかったのではないか。多くの香港人は自分たちを中国人だと思っていない。植民地時代に英国からイヌ扱いに慣れていて、彼ら香港人はイヌなのだ」と発言したそうです。

香港人乗客も反応は過剰だったと思います。ここには香港人が中国人を見るまなざしが込められていて、遅れた人たち、文化程度が低い連中、そんな差別意識があるから、最近は偉そうにしてるけど、ちょっといじめてやりたい、そんな香港人の感覚を私は感じます。

しかし、実際、最近の香港人は中国語もしゃべれる人が増えており、教授はご先祖も嘆くほどの下品な発言で、これもあっという間に広がって、香港では大騒ぎになりました。

中国語では他人を罵るとき、二つの動物をよく使います。イヌとブタです。お前はブタだ、というときは、相手の知能、レベルの低さを指します。お前はイヌだ、というと、これは相手が誰かの言いなりになって主体性がないということを批判します。普通はブタと言われる方がより侮辱的に感じるようですが、中国人が香港人をイヌというと、これは香港の歴史の否定であり、ただではすみません。中国の香港統治にもかかわってくる話で、政治問題化したのも、イヌという用語が使われたことが大きいと思います。

また、母子が「内地から」と言った言葉にも、やや中国人の香港人への逆差別意識が漂っていて、なぜなら内地と言う言葉にはこっちが内、あんたがたが外という意識が反映されているので、現場の香港人を怒らせたのかも知れませんね。(野嶋剛)

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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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