ある華人ジャーナリストが語る両岸問題の今後

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2012年2月16日
エリア: 中国・台湾

 1月14日に実施された台湾総統選挙では、中国との経済関係の一層の緊密化を訴えた国民党総裁の馬英九候補が、台湾独立志向を背景に馬政権による過去4年間の対中政策を批判する民進党主席の蔡英文候補を退け、再選された。これで馬政権は2016年まで続くことになるが、シンガポールの華人ジャーナリストによると「馬総統が喜べるのは当選当日の一夜のみ。今後の4年間は次々に難題に直面する可能性大。胡錦濤が政権を離れる前、早ければ今年7月頃に北京からの第一波攻勢が見られるかもしれない」ということだ。
 選挙直後の興奮も一段落し、春節の華やぎも過ぎた2月初旬、香港を拠点にしている華人ジャーナリストと両岸関係の今後について話し合う機会があった。彼の主張は次のようなものだった。
 
 ――中華民族の大一統は中国歴史の宿命であり、数千年にわたって中国人が一貫して努力してきた道だ。両岸問題は現時点だけで捉えるのではなく、中国史の文脈で見据えるべきだろう。厳密にいうなら政治、経済を問わず両岸は異なった方向に歩んでいる。いつ、どのような形で統一するかは難題中の難題ではある。とはいうものの、馬英九が再選された以上、絶対に避けて通ることのできない問題となった。
 予め日程を示し、一国両制を基本方針にして1990年代末に「中国回帰」を達成した香港、マカオの例が台湾のモデルとなるはずだが、台湾は植民地だった香港やマカオとは異なり一個の「政治的実体」であり「国家」であり、現実的には両岸は「分治関係」にあり、統一は目標であり理想ということだ。このような立場を国民党は一貫して堅持してきただけでなく、2期目の馬英九政権を強く掣肘することになる。であればこそ馬総統としては今後の4年間、敢えて「不独、不統、不武(独立せず、統一せず、武力行使せず)」の方針を掲げる必要はないだろう。
 再選されたからには、馬は台湾島内の独立勢力に気兼ねする必要はない。それこそが民主主義というものだ。だが統一という歴史的使命を担うからには、北京を筆頭とする島外の統一勢力の圧力を避けることはできない。両岸の現状を冷静に考えれば、すでに経済は融合化しており、大陸に住む台商(台湾ビジネスマン)はすでに100万を超える。政治的摩擦はあるものの、現実的に両岸往来の流れを絶つことは不可能だ。将来を考えれば、大陸経済は台湾経済を遥かに凌駕する。かつて大陸経済をリードしていた香港経済は、いまや大陸経済なかりせば成り立たない情況にあることは万人が認めざるを得ない事実だ。90年代前半、1人当たりのGDPでいうなら、台湾は大陸の10倍を超えていたが、いまや4倍前後に接近している。香港の例からも判る通り、いまや大陸経済が台湾のそれをリードしているのだ。なれば最後に行き着く先は統一しかない。いまや馬総統が担うべき使命は、いつ、どのような形で……統一への主導権を握るかということだ。
 かつて返還後に不安を抱く香港の企業家を北京に迎えた鄧小平は「50年不変」「繁栄の維持」を公言し、その根拠として一国両制を示しながら、これこそが将来の台湾との統一のモデルだと言明したことがある。鄧小平が内外に示した“約束”を果たすため、北京は香港に対し可能な限りの自制をみせている。一国両制は台湾の独立派が指弾しているように必ずしも失敗したというわけではない。だが現実的には香港は独立できないし、完全な自主というわけでもない。たとえば一昨年夏、フィリピンの首都マニラで香港の観光客が乗ったバスが元警官にハイジャックされ、多くの犠牲者をだしたことがある。その際、香港司法当局は「謀殺」だと判断したが、北京は、香港人は「中国籍民(Chinese Subject)」ではあるが「中国公民(Chinese Citizen)」ではないとし、フィリピン政府に対しワンクッション置いて対応したことを考えると、統一後の台湾住民の法的立場を考えざるを得ない。
 これまでの台湾選挙の特徴は、黒社会が暗躍し買収工作が当たり前で実に汚いものだったが、今回の馬英九対蔡英文の対決に関していうなら、マニフェスト中心で中国史上で最も公明で透明性の高い選挙だったと評価できる。蔡も馬が掲げた「不統不独」の理念に敢えて反対を表明しなかった点を考えても、北京が声高に非難する分裂も独立もありえようがないだろう。
 大陸のネット市民は今回の台湾での選挙に高い関心を示し、共産党政権下での非民主的情況を慨嘆し批判していたが、馬英九は今後の4年間、台湾内外の独立勢力を説得して切り崩し、台湾の活動空間を拡大し、自主を原則に北京との間の政治和解を進め、今回の選挙に示された民主の実相を大陸の住民に示すべきだ。蔡英文が口にした「台湾には反対意見がありえないわけがない」との発言が大陸のネット市民の間を激しく行き交ったそうだが、共産党政権下での反対意見を封殺する姿勢に対する「否」の意思である。
 敢えていうが、やはり中華民族の大一統は中国歴史の宿命であり、数千年にわたって中国人が一貫して努力してきた道である。であればこそ、過激で急進的な道を辿るべきではない。台湾、香港、マカオにみられる反対意見に耳を傾けつつ、漸進的に進むべきだ。再選された馬総統は、中華民族としての大きな使命を担っているのだ。
 
 ――以上が「中華民族の大一統」を信奉する彼の主張の骨子だ。日本でも選挙結果をめぐって台湾内の政治情況、あるいは台湾と北京との関係から様々な分析がなされメディアを賑わせた。そこで、日本メディアが取り上げる機会がなさそうな「中華民族の大一統」という視点に立つ彼の考えを、敢えて紹介してみた。
 彼の熱い主張を聞きながら、改めて「中華民族の大一統」というテーマが将来の東アジアのみならず、大きくいうなら地球規模で国際政治・経済を揺さぶることになるだろうという予感を強くしたものだ。東南アジアで常日頃に接するところでは、「中華民族の大一統」を否定する華人はいない。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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