米朝合意の裏側

執筆者:平井久志 2012年3月8日
エリア: 北米 アジア

 米国と北朝鮮は2月29日に、北京で2月23-24日に行なった第3回米朝協議の結果について発表した。米朝双方が合意内容を本国に持ち帰り、最終確認した上で同時発表するという異例の手順を踏んだ。
 発表内容は、北朝鮮側が①実りある協議が進んでいる期間、核実験と長距離弾道ミサイル発射、寧辺のウラン濃縮活動を一時停止する②ウラン濃縮活動一時停止に関する国際原子力機関(IAEA)の監視を認め、米国が①24万トンの栄養補助食品を提供する②追加的な食糧支援実現のために努力する、というものだ。

北朝鮮は譲歩したのか?

 米朝双方は昨年12月22日ごろに北京で第3回米朝協議を行なう予定であったが金正日総書記の死亡でこれが約2カ月延期された。昨年の段階でも、北朝鮮がウラン濃縮活動を暫定的に一時停止し、米国が24万トンの栄養補助食品を提供することで原則合意していた。しかし、金正日総書記が突然死亡したことで、北朝鮮側がいわば金総書記の「遺訓」である原則合意を踏襲するかどうかが注目の的であった。
 北朝鮮側は一時、トウモロコシなどでの食糧支援の増量を要求したが、追加支援を協議することで引き下がった。
 北朝鮮は2008年に寧辺の核施設の冷却塔を爆破する見返りとして米国から50万トンの食糧支援を受けることになっていた。そのうち17万トンが送られたが米朝関係が悪化し、残り33万トンは留保されたままになっている。米国が今回24万トン(毎月2万トンの12カ月分)の栄養補助食品を提供するとの約束も、この残り33万トンの枠内で行なわれる支援だ。米朝が追加支援の協議を行なってもその上限は33万トンなので最大で9万トンの提供になるとみられる。
 こうした過去の経緯を考えれば、北朝鮮が寧辺のウラン濃縮の一時停止だけでなく、核実験やミサイル発射実験の一時停止、さらにはIAEAの査察官の寧辺復帰まで了承したことはある意味では北朝鮮側の譲歩ともいえる。
 一方で、北朝鮮はウラン濃縮や核実験、ミサイル発射実験の一時停止は「実りある米朝協議が進んでいる期間」という条件を付けた。米国の対話姿勢が疑わしければ、いつでも核やミサイルの開発に向かうという構えだ。また、ウラン濃縮の一時停止も「寧辺の施設」に限定している。北朝鮮が寧辺のウラン濃縮施設を米国の研究者に公開した時から、この施設は交渉用の施設として準備したともいえる。ウラン濃縮はプルトニウムによる核兵器の原料生産と異なり、小規模施設で隠れて行なえる。寧辺以外の場所でウラン濃縮活動を行なっている可能性があり、北朝鮮はこれについては何の約束もしていない。
 協議が2月23-24日に行なわれたのは、定例の米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が2月27日から3月9日まで、野外機動訓練「フォールイーグル」が3月1日から4月30日まで行なわれる予定で、この前に協議を行なう必要があったからだ。
 また、米韓合同軍事演習が行なわれる間は6カ国協議の再開は困難で、6カ国協議の再開は早くても5月以降になる。この2カ月間は食糧支援のあり方やIAEAの査察官の寧辺復帰などに向けた後続の協議が行なわれるだろう。

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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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