重慶市書記・薄熙来の会見を読み解く

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2012年3月12日

重慶市書記の薄熙来が、元公安局長の米国領事館駆け込み事件について、現在北京で開催中の全人代の会場で、内外メディアに対する初の記者会見を開いた。

日本のメディアの報道だけ読んでいても行数が少ないのであまり詳しい話が分からず、中国のメディアを探してみたが、ほとんどまともな報道はなかった。「聽而不聽」。つまり、会見に出ていたが、あえて聞こえないふり、つまり書かなかったようだ。香港、台湾のメディアの記事を探して、ようやく記者会見の大体の雰囲気がつかめた。

薄熙来は最初、「これから私は『模範回答』を皆さんに説明するが、原文通りに記録してほしい。削ったりしてはいけない」と高圧的に語りかけた。その後、手にした紙に書いた文章を読み上げたのだが、内容的にはそれほど高圧的ではなく、米国領事館に逃げ込んだ腹心の元公安局長、王立軍について「中央の関係部門の調査を受けている。すでに具体的な成果があった。結論は後に公表される」と語った。

ここから質疑応答に入り、ドイツの記者が「あなたは王立軍とは密接な関係だった。彼が問題を起こしたことをどう思うか」と問いただすと、薄熙来は「王立軍は重要な案件に関与しており、上部機関に報告せざるを得なかった。こんな問題を起こして、私の心は痛い。私の『用人失察』だ。だから、我々は今回の件について、真摯に反省し、総括をしなくてはならない」と述べた。用人失察とは、人材の登用に誤りがあった、という意味である。

香港の記者が「どういう問題があったのか」と問うたが、薄熙来は「調査が終わっていないので、多くは語れない。ただ、うわさ話が多すぎる。王立軍のことは確かに意外なことではあったが、彼の仕事のすべてが否定されるわけではない。ただ、米国領事館に駆け込んだのはまったくの想定外だった」

自分の政治生命については、薄熙来は「もともと自分と18大(党大会)を絡めて具体的に何か考えていたことはない。18大を迎えるにあたり、重慶は自分のことをきちっとやるだけだ」とはぐらかした。香港の記者が聞いた自身の辞職のうわさについては「子虚烏有」(でたらめ)と、四字熟語を使って全面的に否定し、自分に嫌疑がかかっているかどうかについても「没有」(ない)と言い切った。

もともと薄熙来は中国の指導者のなかでメディア露出を嫌わない珍しいタイプで、全人代などでは取材に応じることも多かったが、今回は重要な会議に欠席するなど、あまり目立つ行動を取っていない。その理由については「咳が出る。体調がよくない」と述べた。

記者会見の最後には、自分から家族の問題について語り出した。

今回の王立軍の事件のなかでは、ネット上に薄熙来の妻子のぜいたくぶりの情報が大量に流れたことについて「溌髒水」(汚水をぶちまけられた)と強い不満を見せた。

「長男はいま留学中だ。紅いフェラーリに乗るなんてありえない。オックスフォードの学費だって、全額奨学金であり、すべて言いがかりだ」

「妻は大連にいたとき、弁護士事務所を開いてかなり成功していたが、20年前にもうすべて閉鎖し、いまは自宅で家事をやってくれている。妻の犠牲的な献身には感謝している」

このあたりの激しい話しぶりは、薄熙来の個性とプライドのたまものだろう。一般的に、薄熙来のような太子党は、ほかのたたきあげの指導者よりも、発言が大胆になる傾向があり、薄熙来はその代表格で、本領発揮というところだ。

今回の会見で分かったことは、薄熙来の政治生命自体を奪うような事態にはまだ発展していないが、中国の主要メディアが報じていないところをみると、薄熙来の言い分はあくまでも薄熙来個人の主張だと見られており、党中央の方でオーソライズされていないということだ。

そして、王立軍については、恐らくは「おかしくなって領事館に駆け込んだ」ということで、対外的には口をふさいでしまうことで、党中央と重慶との間でコンセンサスがあるのだろう。しかし、薄熙来の中央指導部入りは、この事件によって非常に微妙になってきていることも事実で、今後の展開は不透明にならざるを得ない。

薄熙来が政治局常務委員になれるかどうかについては、事件の前から「圏内」とする説と「圏外」とする説の二通りあった。もともと圏外ならば大きな影響はないが、問題は今回の問題で圏内から圏外に出てしまうという事態に発展するかどうかである。私は圏内だったのがこの事件によって当落線上になったと見ているが、さてさて、どうなるだろうか。(野嶋剛)

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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