インド連立与党の行く手にまた「政治」の嵐~「タミル人問題」「国鉄運賃」が新たな火種に

執筆者:山田剛 2012年3月16日
カテゴリ: 国際 政治

 

インドにおける「政治リスク」がまた顕在化してきた。閣僚の相次ぐ汚職疑惑の末に最高裁による携帯電話ライセンスの取り消し命令で面子がつぶれ、先ごろ開票した5州の議会選でも低調に終わった与党国民会議派主導の政権に、新たな難題が降りかかっている。
 タミル人ナショナリズムを掲げる南部タミルナドゥ州の地方政党で連立与党の一角を占めるドラビダ進歩同盟(DMK)は今週、タミル人への人権侵害問題で米国などが国連人権理事会(UNHRC)に提出したスリランカへの事実上の「非難決議案」を支持するよう政府に要求。パティル大統領が12日の演説でこの問題に言及しなかったことに激しく反発している。昨年の州議会選で敗北し州政権を失ったが、連邦下院に18議席を持つDMKでは「決議を支持しないのはタミル人への裏切り」(前タミルナドゥ州首相のカルナニディ党首)と主張。印政府が決議案採択を棄権するとの観測に対して同党幹部のバアル元海運・道路運送相は、「わが党は、(決議への)賛成表明以外は認めない」と早くもけん制の構えだ。
一方、西ベンガル州の地方政党で、昨年の州議会選で34年間続いた左翼政党連合に圧勝し政権を奪取した草の根会議派(TNC、下院に19議席保有)のママタ・バナジー党首(州首相)は、自党所属のトリヴェディ鉄道相が14日に発表したインド国鉄の旅客運賃値上げを「聞いていない」と激怒。非公式ながらマンモハン・シン首相に対し同鉄道相の更迭を要求した。自身も鉄道相経験があるバナジー党首にとって、自党出身の大臣が庶民の反発を招く鉄道運賃値上げを表明したことに我慢ならなかったようだ。
インド政府にとって重要な経済パートナーである隣国スリランカとの関係悪化は好ましくない。普通に考えれば「非難決議」の採択は棄権する、というのが無難な判断になるだろう。また、インド国鉄は過去10年間値上げを見送っており、貨物収入で旅客部門の赤字を埋める構造が定着している。収益は改善傾向にあるとはいえ、在来線の高速化や多発する事故への対策、財政基盤安定のために値上げはやむをえないというのが大方の理解だ。
こうした「正論」が通じないのがインド政治の難点だ。TNCは昨年、外資への小売市場開放に激しく反対し、計画を凍結に追い込んだばかり。もっぱら政争のためにタタ自動車の工場を州内から追い出したのは有名な話だ。DMKもまた、中央政府の政策が気に入らないと頻繁にデモやストライキを仕掛けてきた。州内にある国営褐炭採掘会社の株式売却計画に反対し、これを白紙撤回させた「実績」もある。
今のところ、2党の動きはまだ「ブラフ」といえる段階だが、今後の調整がこじれ、合わせて37人の下院議員を抱える両党が連立を離脱する事態になれば現政権は確実に過半数を割り込む。
成長率の鈍化が鮮明となる中、外資導入や財政再建を進め新たな経済政策を打ち出さねばならないインドなのだが、またも政治が経済の邪魔をしはじめた格好だ。(山田剛)
 
【スリランカにおける人権侵害問題】
 スリランカ政府・軍は2009年、分離・独立を掲げて武力闘争を展開してきた少数派タミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」を壊滅させ、長年の内戦を終結させた。だが、この際にタミル人への無差別攻撃や不当な逮捕・拘禁など政府・軍による「重大な人権侵害」があったと指摘されている。米国などがUNHRCに提出した決議案は、スリランカ政府に対し人権を巡る諸問題の解決や正義・公正の実現、国民和解の達成などを求めている。DMKや、現在の州与党である全インド・アンナ・ドラビダ進歩同盟(AIADMK)はいずれも同じ民族であるスリランカのタミル人を支援する立場をとっている。
 
【インド国鉄の旅客運賃値上げ問題】
 インドでは毎年度末、国会において連邦政府予算案とは別に翌年度の鉄道予算案を発表する。トリヴェディ鉄道相が14日に発表した12年度鉄道予算では、近郊列車で1キロ当たり2パイサ(100パイサ=1ルピー=約1.7円)、冷房付き3等車で同10パイサ、同1等車で30パイサの値上げを盛り込むなど、10年ぶりの運賃改定に踏み切った。
同鉄道相は値上げについて「鉄道事業のために最善を尽くした」と発言。国鉄職員も多くが値上げを支持しているという。
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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