「被曝リスク基準」は信用できるか?(下)「小細工」と「意図的な無視」の堆積

執筆者:塩谷喜雄 2012年4月2日
カテゴリ: 国際 政治 社会
エリア: 日本
ICRPは不都合な事実を無視してきた(チェルノブイリ原発4号機の「石棺」)(c)時事
ICRPは不都合な事実を無視してきた(チェルノブイリ原発4号機の「石棺」)(c)時事

 ICRPが内部被曝を軽視する最大の原因は、遺伝子DNAを中心とする分子生物学や分子遺伝学に対する「無知」があるという、厳しい指摘もある。  放射線被曝による発がんや遺伝的影響は、基本的には遺伝子DNAの損傷、変異に起因する。内部被曝は、細胞内のDNA分子を直撃し、繰り返し、何度も損傷する。DNAは、二重らせんになっている時は、分子構造が安定していて、周りをヒストンなどのたんぱく分子で囲まれているので、放射線による直接損傷の確率は低い。  細胞が分裂・増殖する際は、二重のらせんがほどけて、1本ずつの鎖になる。この時が最も損傷を受けやすい。皮膚、毛根、生殖腺など、細胞分裂・増殖が盛んな臓器、組織ほど、放射線の障害を受けやすい理由がここにある。

「DNA修復神話」という嘘

 もちろん、生命の設計図であるDNAの傷を自動的に修復するシステムを生体は備えている。これが3.11の直後にテレビなどで大学教授が盛んに話していた、「DNAの傷はすぐ修復される」という「修復神話」の源である。
 テレビでしたり顔で、修復神話を語った学者は、大事な点を省いているか知らないかだ。確かに、低線量下の被曝では、DNAの小さな損傷はほとんど修復される。問題は修復作業がいつも完璧ではないということだ。時々、完全に元通りにはならず、少々間違う。修復のミスが積み重なり、変異がたまってゆくと、時間の経過とともに発がんへと進む。
 威容を誇る巨大な伽藍の瓦が、台風で100個ほど飛んで欠けたとしよう。早速その傷は修復されるが、新しい瓦の中に2-3個、焼き縮みしたほんのわずかに寸法の足りないのが入っている。見かけは完璧な修復だが、長年の風雨でサイズ不足の瓦の付近で隙間が広がり、雨水がそこから沁み込み、やがて柱と屋根を腐らせる、というようなストーリーである。
 ヒトの遺伝子DNA の全配列(ゲノム)が解読されて、放射線による発がんの仕組みも、かなり具体的に見えてきた。一部のがんでは、DNA のどこが壊れ、どういう修復ミスが起きると、発がんへと向かうのかも、解明されつつある。
 修復ミスは一定の確率で起こる。それを避ける方法を、科学は今のところ持っていない。修復ミスを少なくするには、DNAの 損傷自体を減らすしかない。要するに被曝線量を低くするしか手はないのに、損傷は修復されるから心配はない、などといった時点で、科学者失格だろう。
 内部被曝はDNA 損傷を、濃密に、しつこく、長期間、繰り返す。しかも、被曝線量は外部からは測りにくい。リスク評価とリスク管理を、できるだけ簡素化したいICRPは、重要だけどややこしい内部被曝の検討を避けてきたことは間違いない。

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執筆者プロフィール
塩谷喜雄 科学ジャーナリスト。1946年生れ。東北大学理学部卒業後、71年日本経済新聞社入社。科学技術部次長などを経て、97年より論説委員。コラム「春秋」「中外時評」などを担当した。2010年9月退社。
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