“経験者”モリターが語る「38歳の200安打」

執筆者:ブラッド・レフトン 2012年6月21日
カテゴリ: スポーツ
19日、メジャーリーグ通算2500安打を放ったイチロー (C)AFP=時事
19日、メジャーリーグ通算2500安打を放ったイチロー (C)AFP=時事

 6月19日、メジャーリーグ通算2500本目を含む4安打を放ったイチロー。それは、数多くのファンが密かに抱く、改めてのシーズン200安打達成への願いに大きな望みを与えた。渡米後、10シーズン続けたこの記録が、昨年途切れたからだ。  1試合4安打はメジャー通算48回目で、現役選手最多である。歴史上、16人の選手がそれ以上を成し遂げ、筆頭のピート・ローズ(73回)を除く全員が野球殿堂(Hall of Fame)入りを果たしている。  そのリストの上位(62回)に、2004年、シアトル・マリナーズで打撃コーチを務めたポール・モリターの名がある。それだけではない。モリターにはも う一つの素晴らしい偉業がある。38歳を過ぎてからの年間200安打達成だ。これは、史上たったの4選手しかいない(モリター:225安打、40歳、 1996年/ローズ:208安打、38歳、1979年/サム・ライス:202安打、38歳、1928年および207安打、40歳、1930年/ジェイク・ ダウバート:205安打、38歳、1922年)。

「静止状態のあとの急激な動き」

現役時代のポール・モリター(ミネソタ・ツインズ提供)
現役時代のポール・モリター(ミネソタ・ツインズ提供)

 40歳になった96年のシーズン、モリターはメジャートップの225安打と共に、通算3000本安打という記録も達成した。21年間のキャリアで歴代9位の3319安打という偉業を成し遂げた選手である。ここで興味深いのは、モリターは年齢を重ねるごとにヒットをより多く量産していったことだ。5年区切りで見たとき、彼の野球人生の中で最も生産的な5年間は、36―40歳の時である。ほとんどの野手が引退する時期を、生涯でも最高のレベルで過ごしたわけだ。実際、モリターは1000本、2000本より速いペースで最後の1000本、すなわち3000本安打を成し遂げている。そのあと2年間でさらに300本以上打ち、42歳で引退した(この2年間の打率も.305、.281と立派なものだ)。 「(年をとって)体力的に伸びていったわけではないんです。野球をより知っていったからです」と、現在ミネソタ・ツインズで内野守備・走塁の巡回コーチを務めているモリターは、“年齢に逆行した成績向上の秘密”を語る。 「私は、従来のウエートトレーニングではなく、急激な動作が組み込まれたトレーニングにより多く取り組みました。野球選手が本来すべきである動きを想定した訓練を身につけたのです。もし、静止状態が続いたあとの急激な動きに耐えられる肉体を造ることができるなら、例えば1打席目、2打席目にフライで凡退(全力で走る必要が生じない)したあと、3打席目に長打で全力の走塁をしても、ケガを回避できる。あるいは、試合の序盤にまったく守備機会がなくて、あとで突然、ランニング・キャッチをすることになっても、難なく対応できる。私も若い時には、膝の腱の断裂や、内転筋の肉離れなどといった数多くの怪我に悩まされたものでしたが」  鍛錬の行き届いた最高レベルのアスリートが集まっているはずのMLBで、いかに多くの選手がシーズン途中のケガに悩まされているか、改めて述べるまでもないだろう。モリターは、硬い筋肉を作るだけの訓練を離れることで、225安打を放った40歳のシーズンも161試合に出場することができた。

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執筆者プロフィール
ブラッド・レフトン 1962年、米ミズーリ州セントルイス生れ。地元ラジオ局で大リーグ取材に携わった後、92年ミシガン大学で修士号取得。その後、NHKの番組制作に携わるため来日。96年帰国。現在、日米両国の雑誌やテレビでフリージャーナリストとして活躍中。NHKの日本人メジャーリーガーの取材にも協力している。
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