国会事故調報告書、「放射性物質」の放出量に重大疑問

春名幹男
執筆者:春名幹男 2012年7月22日
エリア: 日本

 福島第1原発事故の国会事故調報告書、期待のわりに内容は陳腐だった。「人災」と断定し、東電と規制当局の長年にわたる「なれ合い」を強く批判したが、既に問題になっていたことだ。「人災」は多くの人が言及している。
 黒川清委員長が冒頭で「福島原子力発電所事故は終わっていない」と書き出していることは、貴重である。この点について特に、「住民の視点に立って検証する」と前置きした「第4部被害の状況と被害拡大の要因」(137ページ)に注目した。
 「住民の視点に立つ」のであるなら、第1に重要なことは、放出された放射性物質の総量推定を確定し、住民の健康にどのような影響を及ぼすのか、可能な限り国民の不安に答えくれるものと期待した。しかし、全体的に「今後調査を続けていく必要性がある」といった〝結論〟が続き、肩すかしされた。
 第4部では「福島原発から放出された放射性物質はヨウ素換算で、チェルノブイリ原発事故の約6分の1に相当するおよそ900PBq」としている。PBqは事故後の一連の報道では見なかった。だが、欄外に東電の放出量推定を引用したとしている。
 その推定とは、東京電力が5月24日発表した試算のことだろう。報道を見ると、福島第1原発事故で大気中に放出された放射性物質の量は昨年3月だけで90万テラベクレル(テラは1兆)に上ると試算している。
 国会事故調報告書の900PBqは、東電試算の90万テラベクレルと同じである。東電試算発表時の報道でも、国際原子力機関(IAEA)が試算した旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の放出量520万テラベクレルの6分の1に相当する、とされている。しかし、なぜあえてここで単位を変更したのか明らかではない。
 これまでにまとめられた放射性物質の放出推定量は東電試算のほかに、経済産業省原子力安全・保安院(48万テラベクレル)、原子力安全委員会(57万テラベクレル)の試算がある。では、国会事故調はなぜ東電試算を使ったのか。その理由は、添付された【参考資料4.1-1】にも明記されていない。
 そこで、第1の重大な疑問は、国会事故調報告書は「福島原発から放出された放射性物質」としており、事故で放出された総量と断定しているとみられることである。しかし、東電試算は昨年3月中だけが対象で、しかも大気中に放出された放出量だけである。4月以降の放出量は加算されていないし、大気以外への放出量は明らかではない。
 第2の疑問は、事故原発の数がチェルノブイリの1基に対して福島第1は4基、なのに放射性物質放出量はなぜ6分の1なのか、ということだ。
 あえてこうした疑問を指摘したのは、東京に駐在する各国大使館の情報関係者の間で事故直後から、次のような仮説が流布していたからだ。
 「炉心溶融は明確だが、大量の放射性物質は格納容器の底を突き破って地下に漏出した。だから大気中に放出された放射性物質の量は少ない」というのだ。昨年4月初め、在日ロシア大使館を基点にそんな情報が広まった、と信頼できる国際情報筋は指摘していた。では、地下に漏出した放射性物質は果たしてどうなったのか、である。
 こうした口コミ情報の真偽の検証は難しい。地下に漏出した放射性物質の調査も可能かどうか不明だ。しかし、国会事故調が深く検討もせずに、東電試算を引用してすませたのは理解できない。放射性物質の放出については、あらゆる可能性を考え、国民への健康、食物への影響などを考慮する必要があるからだ。
 現に、昨年4月には東電推定で放射性物質4700テラベクレルを含む汚染水520トンが流出した(日本原子力研究開発機構などのグループ推定では、3月下旬から4月末に海に出た放出量は15000テラベクレル)。同年5月と12月にも汚染水の流出が続いた(東電推定では20テラベクレルと260億ベクレル)が、国会事故調はこうした数字を計算に入れたのかどうか。地下ないし海に放出された放射性物質を含む汚染水については、正確に分かっていないと言われており、国会事故調はそうした隠された情報も探るべきだった。
 原発事故は、民間事故調、東電事故調、国会事故調、政府事故調の4調査委で調査が行なわれたが、民間事故調は東電に協力を拒否されて十分な調査ができたとは言い難い。また東電事故調と政府事故調はいずれも当事者であった。独立性が高い国会事故調が最も期待されただけに、残念に思われる。(春名幹男)
 

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執筆者プロフィール
春名幹男
春名幹男 1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。
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