3人の「死」が象徴する中国と東南アジアの関係の曲がり角

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2012年8月29日
カテゴリ: 外交・安全保障 国際

 一時代を築いたような人の「死」は、彼が生きた時代が過去となり、新しい時代が到来したことを告げているのかも知れない。
ここに敢えて「死」としたのは、2人はともかく、残りの1人は危篤が6月に伝えられて以来、その後の消息が途絶えたままだからだ。既に88歳。昨年秋にも危篤が報じられたことがあるから、彼が一生を捧げた主義主張からいえば、あるいは既に「マルクスとの面会」に旅立っているようにも思える。

中国警戒論を恐れた党中央宣伝部長・丁関根

 いまから20年ほど遡る1993年6月、中国全土の報道機関に対し、「中国警戒論に口実を与えるような経済の成功ぶりを報道してはならない。殊に東南アジアの華人と中国とが結びついた大中華経済圏に関する報道をしてはならない。原則として彼らの中国に対する投資情況を報道するな」と厳命したのが、共産党の思想宣伝部門を統括する党中央宣伝部長兼政治局委員の丁関根だった。丁がこの地位を得たのは、最高実力者である鄧小平のブリッジの相手を務めたからだともいわれていた。“鄧小平の茶坊主”と揶揄する声もあったが、いずれにせよ彼の発言が当時の中国と東南アジアの関係を色濃く反映していることは確かだろう。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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