イタリアを笑えない罪深き日本の地震学者――「安全宣言もどき」と「予知幻想」

執筆者:塩谷喜雄 2012年11月2日
カテゴリ: 国際 政治 社会
エリア: ヨーロッパ 日本
300人を超す犠牲者が出たラクイラ地震
(c)AFP=時事
300人を超す犠牲者が出たラクイラ地震 (c)AFP=時事

「予知に失敗した地震学者にイタリアで実刑判決」――新聞にこんな見出しが躍り、テレビのワイドショーでは、アナウンサーが「予知に失敗すると科学者は罪に問われるのでしょうか」などと、首をかしげて見せた。  10月22日、イタリア中部にあるラクイラの地方裁判所が下した判決について、日本のマスメディアの一部は、上記のようなトンデモ報道を繰り返した。地震国日本のメディアの、地震科学に対する恐るべき無知と無理解が、このニュースの伝え方に凝縮している。 「予知に失敗した学者」というフレーズ自体が、すでに明らかな誤報である。なぜなら、禁固6年の判決を言い渡されたイタリアの地震学者と防災当局者7人は、誰一人として地震予知などにかかわっていないからだ。予知の試みすらしていない。実行しておらず、意図すらしていない地震予知に、彼らが失敗することは、物理的にも論理的にも絶対不可能である。  今回、ラクイラ地裁で裁かれたのは、「予知の失敗」などではなく、「科学的根拠のない安全宣言もどき」によって地震被害を拡大させた罪(過失致死)である。

「科学の言葉」はなぜ「安全宣言」になってしまったのか

 2009年3月、ラクイラ地域では群発地震が続き、住民の不安は募っていた。こんなときに「地中から放出されるラドンの量の変化を見ると、大地震が来る可能性がある」という学者の報告がネットで広がるなど、真偽不明の危機情報が飛び交い、住民の不安・動揺は増幅されていった。
 パニックを恐れたイタリア政府の防災局は、高名な地震学者と防災の専門家を集めて、群発地震のリスクを評価する会議を、3月末に現地ラクイラで開いた。その結論は現在の地震科学の到達点からみてきわめて妥当なものだった、とされている。
 会議では、今回の群発地震が大地震の前触れであるとは限らないこと、ラドンの放出量の変化と地震発生の関係は未だ1つの仮説で、科学的に立証・検証されたものではないことなどを確認した。
 現在の科学では大地震の前兆現象は確実に捕捉されるわけではなく、日時と場所と規模を特定して、地震の発生を予め知る「地震予知」は今のところ困難だという、地球科学の常識も住民に伝えるべきだとされた。
 問題は、流言飛語や人心の動揺を抑えるという統治の論理を優先させて、まるで安全宣言のような物言いをしてはいなかったかという点である。
「群発地震が大地震につながるかどうかは、現在の科学ではわからない」というのが、正しい意味での科学の言葉なのに、「群発地震が大地震につながる科学的根拠はない」と言い換えてしまえば、人々はそれを安全宣言と受け止める。科学の権威を借りた、行政による人心誘導といえるかもしれない。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
塩谷喜雄 科学ジャーナリスト。1946年生れ。東北大学理学部卒業後、71年日本経済新聞社入社。科学技術部次長などを経て、97年より論説委員。コラム「春秋」「中外時評」などを担当した。2010年9月退社。
comment:3
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順