「反米」「民衆との絆」「破綻した経済」―チャベス大統領とは何だったのか

遅野井茂雄
執筆者:遅野井茂雄 2013年3月12日
エリア: 中南米

 2007年の国民投票を除き、14年間で全ての選挙と国民投票で勝ち続け、クーデターをも乗り越えてきた百戦錬磨の闘士も、ガンとの戦いには勝てなかった。3月5日ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が死去した。58歳。「中南米における反米左派のリーダー」「カストロの後継者」であることを自他ともに認めてきた指導者は、師と仰ぐフィデル・カストロより先に逝くことになった。

 チャベス大統領は、2011年6月訪問先のキューバでガン(「野球ボール大」)の摘出手術をし、12年2月ハバナで再び摘出手術(「2センチ大」)を行なった。病状はかん口令が敷かれ、政権の一部とキューバ政府のみが知る国家機密と化しただけに、様々な憶測を呼んできた。昨年10月の大統領選挙で4選を果たした後、「絶対的指導者」がニコラス・マドゥロ外相(当時)を公式の後継者に指名してキューバに再び飛立った12月に、すでにその結末は予告されていたともいえる。2月18日帰国したもののついぞ肉声が聞かれることはなく、最期は時間の問題と見られていた。炎のような民族主義者、革命家は2年に及ぶ闘病の末、死に場所を故国に求める形となった。

 

ゲバラに匹敵するイコン

 チャベス大統領は、対テロ戦争でキューバやイランを「悪の枢軸」と名指ししたブッシュ米大統領を国連の場で「悪魔」と譬えたように、その激しい言動が話題を呼び、しばしば対立や物議を醸した。共に21世紀の最初の10年間に、中南米に左派の奔流を創り出してきたルーラ・ブラジル前大統領も、この点で「思ったことを全部言わずに、発言はより慎重になるべきだと感じたことがあった」と6日付の追悼コメントで述懐している。だがそれは、カストロに似て10時間演説してもなお途絶えることのない、ラテン特有のカリスマ性を強く帯びた雄弁なリーダーの資質と重なるものがあった。

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執筆者プロフィール
遅野井茂雄
遅野井茂雄 筑波大学大学院教授、人文社会系長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。
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