“熱帯への進軍”最前線を歩く(2)雲南省西部からミャンマーへ

樋泉克夫

 四川・重慶からラオスを経てカンボジアへ向かうルートがあったとは、やはり現地を歩いてみなければ体感できないことだろう。ところで“熱帯への進軍”の主要ルートである雲南とミャンマーの間では、いったい何が起きているのか。それを知りたくて昨年のゴールデン・ウィークに雲南省西部からミャンマー国境までを歩いた。いま、改めて現地における印象を振り返ってみたい。

 確かに1年前の旅行ではある。だが、歴史的背景・地政学的環境を踏まえながら今回のカンボジア、ヴェトナムでの経験を重ね合わせるなら、“熱帯への進軍”の姿がより明確に浮かんでくると考える。

 

ミャンマーの裏庭で起きていること

 雲南省は漢字1字で「滇」、一方のビルマ(現ミャンマー。以下、ミャンマーとする)は「緬甸」と表記するが、第2次大戦ではミャンマー全域から雲南省西部にかけての広大な戦場において、日本・中国・アメリカ・イギリスの間で激戦が展開された。これを滇緬戦争とも呼ぶが、雲南省西部、つまり滇西の要衝である芒市、龍陵、拉孟、騰越(現在は騰冲)などでは昭和19年(1944)に特に激戦が展開され、ことに最前線の拉孟では、「陸の硫黄島」とまで形容されるほどの死闘が繰り返された。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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