ショーとしての中国の裁判――「ギョーザ事件」と「薄熙来事件」

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2013年8月13日
エリア: 中国・台湾

 中国でギョーザ中毒事件の初公判が、起訴から3年が過ぎてようやく行なわれた。工場の元臨時職員という男性の被告が薬物の混入を認め、「待遇に不満があった」との動機を明らかにした。この裁判を日中関係の文脈でどう読み解くかについてはすでに新聞などのメディアでいろいろな分析が出ている。ここでは、中国において「裁判は一種のショーである」という別の視点から考えてみたい。

 

ブラックボックス

 中国で裁判と言えば、こんなイメージがある。初公判で裁判は終わり。弁論も証拠調べもない。数日後に判決が出されて死刑、そして即執行。最近、多少は改善されてきたとも言われているが、ギョーザ中毒事件の裁判を見る限り、基本的に「裁判は結果だけを見せればいい」という考え方で、判決が出るまでの証拠調べや弁論のプロセスがブラックボックスに入ったままである状況は変わっていない。

 中国のリベラルなニュース雑誌として知られる「南都週刊」が7月29日号の特集で、高官の汚職などの裁判を得意とする弁護士たちに取材し、そのブラックボックスの中身の一端を明らかにしていた。

 記事では、国営資源メジャー系の中国石油化工の総裁だった陳同海の巨額汚職事件を担当した高子程という弁護士が、こんな「秘話」を記者に語っている。

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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