“熱帯への進軍”最前線を歩く(9)「アヘン将軍」の人生からみる「果敢」の変遷

樋泉克夫
 今年5月、ミャンマーを訪問した安倍首相と会談したテイン・セイン大統領 (C)AFP=時事
今年5月、ミャンマーを訪問した安倍首相と会談したテイン・セイン大統領 (C)AFP=時事

 引き続き、前回の最後に触れた「アヘン将軍」こと羅星漢(ロー・シンハン)について述べておきたい。

 ここで注目したいのが、パイプラインにせよチャオピュー深海港にせよ、またミッソン・ダムにせよ、6万人の従業員を擁すると伝えられる『亜洲世界(Asia World)集団』が、中国のエネルギー確保に深くかかわるプロジェクト建設に参加していることである。しかも、果敢族指導者としての彼の人生を振り返ってみると、彼は時にミャンマー中央政府と妥協し、友好関係を結ぶことはあったとしても、親中的政治姿勢をみせたことはなかった。

 雲南省への送電、つまり中国向けの売電が目的といわれるミッソン・ダムの建設中止が打ちだされたのは、2011年9月のこと。その際、ミャンマーのテイン・セイン大統領が、「中国の勝手は許さない」「民意に反する」などを、建設中止に踏み切った理由として挙げていたと伝えられた。

 これは、ミャンマーが中国と一定の距離を置く一方で、民主化への姿勢を内外に表明したテイン・セイン大統領の“大英断”と、我が国メディアなどからも大いに注目されたものだった。が、現実的には、パイプラインやチャオピュー深海港は「中国の勝手」のままに建設が進行していただけでなく、パイプラインにいたっては既に完成し、早ければ今秋には稼動という報道すらある。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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