中東―危機の震源を読む
中東―危機の震源を読む(7)

イラク史に塗り込められたテロと略奪の政治文化

池内恵
執筆者:池内恵 2005年7月号
カテゴリ: 国際
エリア: 中東

 イラクでテロが慢性化している。標的は無防備な一般イラク人に定められ、軍や警察への求職者の列に爆弾を満載した自動車が突っ込む。警官や政府職員をその場で、あるいは連れ去った後に「処刑」する。 酸鼻の極みというべき現在の状況も、しかし、イラク近代史を繙いてみればそれほど異常に感じられなくなってくる。イラク政治の変動局面において、陰惨な暴力で社会を恐慌状態に陥れ人心を制圧しようとする「テロの政治」は、周期的に生じてきた。 イラクに特有の政治文化について、サダム・フセインの侍医を務めたアラ・バシールの回想録『裸の独裁者 サダム』(NHK出版)は、類書のない貴重なものである。一九三九年生まれのバシールは、有力者たちが示すふるまいを医師として逐一傍見してきた。バシールは著名な芸術家でもある。政変に際して動揺する社会の反応を鋭敏に感知して記している。イラクで政治が展開するリズムを体感するために恰好の素材である。 覆いがたく目につくのは、政権が代るたびに繰り返されてきた苛烈な報復である。一九五八年七月十四日、アブドルカリーム・カーセム准将(当時四十三歳)とアブドッサラーム・アーリフ大佐(当時三十六歳)の率いる「自由将校団」は、クーデタでイラク王制を打倒した。バシールは当時十九歳。群衆の中で、国王ファイサル二世と摂政アブドゥルイラーフ、首相ヌーリー・アッ=サイードの末路を目の当たりにする。

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執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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