北朝鮮「先軍」掲げながら「先党」(下)「平和的環境」づくりへ対話攻勢か

平井久志
執筆者:平井久志 2013年9月6日
カテゴリ: 国際
エリア: 朝鮮半島

 韓国紙、東亞日報は8月22日、北朝鮮が2012年9月に改定した「戦時事業細則」の要約文を入手したと報じた。また、聯合ニュースも同日、対北消息筋の話として、同細則の変更を報じた。北朝鮮は2004年4月に「戦時事業細則」を制定したが、金正恩(キム・ジョンウン)政権が発足した後の昨年9月、8年ぶりに改定したという。これは金正恩体制下での戦時体制運営を示すものだ。

 最大の注目点は戦時事業総括指導機関を「国防委員会」から「党中央軍事委員会」に変更したことだ。これは金正恩時代が「軍」中心から「党」中心へと転換されたことを反映したものといえる。

 また、戦争状態宣言と解除も「最高司令官」の単独決定から「党中央委員会、党中央軍事委員会、国防委員会、最高司令部の共同命令」に変更になった。最高司令官個人の決定ではなく、党中央委、党中央軍事委、国防委、最高司令部という機関の共同命令としたのは金正恩時代の機関主義の表れとみられる。金正恩第1書記は党中央軍事委員長、国防委第1委員長、最高司令官を兼務していることから最高の決定権者であるが、機関決定を経て最終決定されることが明文化された。

 

「軍事的司令部」を国防委から党中央軍事委へ

 北朝鮮では金日成(キム・イルソン)時代は金日成主席は最高司令官であり党中央軍事委員長であった。軍の統制は党中央軍事委員会を通じて行なった。しかし、権力継承を目指す金正日(キム・ジョンイル)氏は中央人民委員会の傘下機関であった国防委員会を「共和国国防委員会」として独立させ、権限を強化していった。これは金正日氏が当初は党の組織指導部などを通じて軍の掌握を図り、さらに軍を直接的に掌握するための措置であった。金日成主席が生きており、党中央軍事委員長の職責にある中で、自らは党中央軍事委員長に就任できなかった。このために、国防委を分離、独立させ、国防委の権限を強化して自らが「最高の職責」である国防委員長に就任することで軍を掌握した。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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