ムシャラフの命運が左右する南西アジアの平衡

執筆者:平本秀樹 2005年8月号
カテゴリ: 国際

[イスラマバード発]今までに六回死にかけた――
 パキスタン大統領ペルベズ・ムシャラフ(六一)は、自身のホームページでこう明かしている。おそらくこれは間一髪で死を逃れた場合のみの回数で、発覚した暗殺未遂だけでもそれどころでは済まないだろう。
 実際、二〇〇三年十二月には、大統領の車列を狙った暗殺未遂テロが二度も起きた。極秘のはずの行動予定を把握し、ダミーではなく、本人が乗る車列に対してそれまでにないほど大がかりなテロ攻撃を仕掛けられた。国際テロ組織アル・カエダが実行したものだが、後に複数の現役軍人の関与も発覚し、逮捕されている。
 もし、いまパキスタンのムシャラフ大統領が暗殺されたら、どうなるのだろうか。
 パキスタンは東をインドに、西をイランに、北をアフガニスタンと中国に囲まれた人口一億五千万人を有する大国である。
“ムシャラフ”暗殺は、たった一人の死が周辺諸国を巻き込む大規模な混乱を引き起こしかねない事件である。カシミール地域でのバス路線開通に見られるように加速しつつある印パの協調路線も、誰が後継者になるかによっては、方向性が全く変わってしまうのかもしれない。そして核保有国の印パ両国が再び緊迫すれば、世界的な安全保障に影響を及ぼしかねない。
 にもかかわらず、その後継者を問われて答えられる人は一人もいないだろう。そして、それは彼が一九九九年の無血クーデターで政権の座について以来、国内政治を完全に掌握していることを示す。
 確かに憲法上は、ムシャラフに何かあった場合には、上院議長が大統領代行を務めるということになっているし、彼が陸軍参謀長を兼務する軍にもナンバー2の陸軍副参謀長がいる。だが、国内の要人は大統領への忠誠心を買われて起用された者ばかりだ。
 ムシャラフが生まれたのは、実はパキスタンではなく現インドだ。英領インド時代の一九四三年にデリーで生まれ、四七年の印パ分離独立期に家族とパキスタン南部カラチに移住してきた。このことに象徴されるように、ムシャラフが現在の地盤を固めるまでには、「偶然」が大いに作用している。
 実際に、九八年十月、陸軍参謀長に選ばれたときは、その最有力候補というには程遠い存在だった。「御しやすい」とみて当時のナワズ・シャリフ首相が抜擢したという声が聞かれた程度の存在だった。

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