「通米封南」へ回帰する北朝鮮(上)「開城」操業再開後の急変

平井久志
執筆者:平井久志 2013年10月8日
カテゴリ: 国際
エリア: 朝鮮半島

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)政権がスタートしてまもなく2年になるが、この政権の流れを見ていると、3、4カ月から半年ぐらいで路線が大きく転換してきた。

 一昨年12月に金正日(キム・ジョンイル)総書記が亡くなり、金正恩政権がスタートした直後の路線は「一心団結と遺訓貫徹」だった。金正恩第1書記が最高司令官に就任し、昨年4月に党第1書記、党中央軍事委員長、国防委第1委員長に就任するまでこの流れが続いた。現地指導では軍部隊視察が極めて多く、金正日総書記の先軍路線を踏襲する色彩が強かった。

 父・金正日総書記が持っていた主要な職責を継承した金正恩第1書記は、昨年4月から8月ぐらいまでは自分なりの路線を打ち出す色彩を強めていく。金正日時代の北朝鮮は「ウリ式」(われわれ式)、「自力更生」という独自路線が特徴的だった。世界がどうなろうとわが道を行く、というのが北朝鮮のカラーだった。

 しかしその後、金正恩第1書記は現地指導で「世界的潮流」ということを強調し始めた。昨年6月末には、西側では「6.28方針」と呼んでいる経済改革の方針が地方へ伝えられた。祖父も父もしなかった「夫人の公開」を行ない、李雪主(リ・ソルジュ)夫人がデビューした。自身が組織したという牡丹峰楽団の女性団員たちはミニスカートで装い、その舞台ではディズニーのキャラクターが登場し、米国映画の「ロッキー」のテーマソングが演奏された。さらに、それがテレビで放映されるという「上からの文化小革命」が起きた。そして、昨年7月には軍部の最側近とされた李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長を電撃的に解任した。北朝鮮でも改革・開放的な動きが出るのではという期待が西側で生まれた。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
comment:0
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順