【ブックハンティング】ジェンキンス告白本が描いた“近代以前の隣国”の姿

執筆者:伊奈久喜 2005年12月号
カテゴリ: 国際 書評
エリア: 朝鮮半島

 フォーサイト読者の共感を得られるかどうかわからないが、『告白』の著者チャールズ・ロバート・ジェンキンス氏に対するテレビの扱いには違和感を持っていた。北朝鮮に拉致された曽我ひとみさんには言葉では表現できない同情を感じる。曽我さんを支えてきたのが夫のジェンキンス氏であり、家族が幸せに暮らせるようになったのは喜ばしい。が、ジェンキンス氏は自分の意思で北朝鮮に渡った元脱走兵である。米国に里帰りすれば、日本の報道陣がノースカロライナ州の田舎町まで押しかける。東京での運転免許取得のための教習場面もテレビで流れる。過剰ではないか。 この本にも同じ印象を抱いていた。ワイドショーに登場する有名人に書かせた「売らんかな」本であり、「日本独占先行書き下ろし」の惹句には、日本でしか読まれないのだから当たり前なのに、と思っていた。しかし一読すると、曽我さんの夫に書かせたというだけの話題本ではないと気づく。ジェンキンス氏の表現を借りれば「貧しい家庭出身の若く愚かな兵士」が北朝鮮という「常軌を逸した巨大な監獄」で暮らした記録であり、そこには世界に発信されるべき意味がある。 北朝鮮の内側を描いた著作は少なくないが、そこで四十年近くを過ごした米国人の告白はなかった。書名の『告白』は原題“To Tell The Truth”の邦訳らしいが、本書はベトナム戦争に行くのが怖くて祖国を裏切った米国兵士の「謝罪」と「懺悔」でもある。戦争は怖い。死は怖い。それを弱さと呼ぶとすれば、すべての人間には、程度の差はあれ、弱さがある。そう考えると、評者のジェンキンス像は少し変わった。

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