【インタビュー】青木陽子 中国の視覚障害者に私が日本語を教える理由

執筆者:楠井忠輝 2006年1月号
カテゴリ: 国際 社会
エリア: 中国・台湾 日本

 青木陽子さんが中国天津市で視覚障害者向けに日本語学校を開校して十年が経った。「月に一度は、もうやめようかなあと思います」。正直な気持ちを漏らしたものの、すぐきりっとした表情になった。「ですが、いったん始めたことは、続ける。これは私の信念です」。 青木さんは一九九五年に天津市教育委員会に公認された独立機関「天津市視覚障害者日本語訓練学校」を開校。現在、在校生は視覚障害者十五人、健常者三十五人、通信教育を受ける視覚障害の学生が中国全土に二十人という構成だ。 青木さんが天然痘の予防接種後の高熱で失明したのは六歳の時。だが、幼い頃に起きた一大事も、青木さんの向学心や好奇心を損なうことはなかった。八七年に南山大学を卒業後、教育学を究めるために米ニューヨーク州立大学に留学し、修士号を取得。さらにペンシルベニア大学博士課程に進んだ。だが、アジアにあてはまらない米国流教育学に飽き足らず、障害者教育の現場に立ちたい思いが募る。さらに「台湾や韓国、インドネシアやネパールの障害者も日本の盲学校で学んでいるのに、なぜ中国の人には会わないのだろう」というかねての疑問が一挙に膨らんだ。 九一年に博士課程を途中で切り上げて帰国。教育者になっていなければ「革命家になりたかった」と冗談を飛ばす青木さんらしい決意だった。

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