貞さんから受け継いだもの(上)

六車由実
執筆者:六車由実 2014年3月7日
エリア: 日本

 伊藤貞さんが自宅で転倒して足を骨折したらしい。今、公立病院に救急搬送されました。

 村松さん(すまいるほーむの本社・有限会社ユニットの社長であり、貞さんのケアマネジャーでもある)からの電話を受けたのは、昨年の暮れ、12月20日の午前10時を過ぎた頃だった。すまいるほーむでは朝の挨拶も終わり、午前中の体操を始めたところ。その日の体操の担当になっていた私はひとまず他のスタッフに交代してもらって電話に出たのだが、その突然の連絡に愕然とし、受話器を置いてからもしばらく頭の中が激しく混乱してその場を動くことができなかった。

 貞さんがどうして……。痛みはどうなの……。入院になるのかしら……。なぜよりによって今日なの……。明日のほうとうどうしよう……。

 いろいろな思いが頭をかけめぐっていた。

 

貞さんの存在

  伊藤貞さん(仮名)、昭和2年生まれ、86歳、要介護度3。近くの市営アパートで独り暮らしをしていた。変形性膝関節症のため両膝に強い痛みがあり、自宅では杖を使ったり、伝い歩きをしたりして何とかトイレとベッドとの往復ぐらいの歩行はできていたものの、いつ転倒してもおかしくない状況であった。また、重い心臓疾患を抱え、腎機能の低下も見られていた。しかし認知症の進行にともない、薬の管理はもとより、適度な栄養を摂ることも本人では難しい。また、失禁をすることも度々で、放っておくと衣類や布団まで尿で濡れたままになっていることもあった。そのため、週4回利用のデイサービスにて服薬、栄養、衛生の管理を行うとともに、日曜日以外の6日間は訪問ヘルパーによる身体介護や家事援助を行い、そういった公的サービスの入らない日曜日や夜間は家族が訪問することで、何とか独り暮らしを保っていたのが現状だった。

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執筆者プロフィール
六車由実
六車由実 1970年静岡県生まれ。民俗研究者。デイサービス「すまいるほーむ」管理者・生活相談員。社会福祉士。介護福祉士。2008年に東北芸術工科大学准教授を退職し、静岡県東部地区の特別養護老人ホームの介護職員に転職。2012年10月から現職。「介護民俗学」を提唱し実践する。著書に『神、人を喰う』(第25回サントリー学芸賞受賞)、『驚きの介護民俗学』(第20回旅の文化奨励賞受賞、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。
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