“独裁者”タクシンが到達した「権力の臨界点」

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2006年4月号
カテゴリ: 国際 金融

大国化戦略を押し進めてきたタクシンの政治権力は国王の権威すら脅かしかねないものとなった。タイは国家としての岐路に立っている。「反政府グループの集会が、順調なタイ経済と政府の信頼に悪影響を与えかねない」 退陣要求運動の高まる二月二十四日、こうした理由を挙げてタクシン首相が抜き打ち的に断行した下院解散は、かつてのタイでみられた“お手盛りクーデター”を連想させるものだった。昨年二月の総選挙で下院五百議席中三百七十六議席(現在は三百七十四)を獲得し、一九三二年の立憲革命以来空前の巨大与党となったタイ愛国党を率いるタクシンは、八〇年代半ばまで続いた軍人宰相の姿によく似ている。 かつて、内閣不信任や予算審議など重要案件について下院と同等の権限を持つ上院は、勅選の国軍関係者で占められていた。つまり「上院」と「与党」は同義語。下院を構成する政党は無力。いわば翼賛国会を背景に、政権を掌握する国軍主流は絶対的権力を気ままに揮っていた。 民主化要求を国軍が武力で制圧するという、あたかも天安門事件に似た「五月事件」がバンコクで起こったのは九二年。時代と国民意識の変化に気づかず世論の支持を失い、事件の処理に失敗して国王に叱責された国軍は、政治の舞台から引き下がった。憲法が改められ、上院からは以前の権限が失われた。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
comment:0
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
価値あるバックナンバー
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
最新コメント
最新トピック
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順