日本市場の「自覚なきプレーヤー」たち

執筆者:喜文康隆 2006年4月号
カテゴリ: 経済・ビジネス

「彼は資本家として、あるいは意志と意識をもつ人格化された資本として機能する。……資本家は合理的な貨幣退蔵者である」(マルクス『資本論 第一巻』)     * ライブドアの背後に日本の資本主義の空虚が滲むといえば今更だが、それにしても堀江貴文逮捕後のこの会社には、日本の株式会社制度に隠れたマヤカシが露骨であられもない。 株式会社は本来、株主に対して法的に最終責任を負う経営者がいなければ成り立たない。では、ライブドアを再建するという平松庚三の奇妙な肩書き「執行役員社長」とは何なのか。 堀江が「いざという時」の後事を託したとされる平松は、二〇〇四年十二月にライブドアの傘下入りした会計ソフト会社「弥生」のトップとして、以降、ライブドアの執行役員上級副社長も務めてきた。とはいえ商法上の代表権を持たない社長就任だから、ライブドアを代表する正統性を欠いている。 堀江から代表権を継いだ熊谷史人も逮捕され、ライブドアの取締役会は事実上崩壊した。平松は六月の臨時株主総会の決議を経て代表取締役に就くという。しかし、その時にはもうライブドアの運命は決まってしまっているのではないか。堀江流経営は“愚民政策” 正統な経営者がいることのほかに、もう一つまともな株式会社制度の前提がある。その会社に投資している株主たちが合理的に行動することである。ところが臨時株主総会を開いて取締役会を立て直そうにも、ライブドアには株主の合理的なガバナンス(統治)を期待するのが難しい。

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