「リバタリアン」は右なのか左なのか

会田弘継
執筆者:会田弘継 2006年7月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 北米

「フリー・ステイト・プロジェクト(自由州計画)」という運動がニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった主要新聞に大きく取り上げられているのを見て、びっくりした。二年半ほど前のことだ。 南北戦争前に奴隷制を敷いていた南部の諸州に対し、奴隷制を認めていなかった北部などの州をフリー・ステイトと呼んだ。いまでもそんな区別が残っているのかと思ったら、違う話だった。 リバタリアン(自由至上主義者)を自任する人たちが「今日のアメリカはあまりにも政府の力が強すぎる」といって、州や自治体の力が小さい北東部のニューハンプシャー州へ移住計画を進めているというのだ。ちょうど、南北戦争前に、奴隷たちが解放を求めフリー・ステイトに脱出したように……。 同州は州税・地方税の税率が全米で二番目に低く(一位はアラスカ)、車のシートベルト着用やオートバイのヘルメット着用義務がない。州議会下院議員の年俸は十九世紀末以来、百ドルに据え置かれたまま。州憲法は「公民の自由が明らかに危機に瀕した場合」の「革命権」(!)を保障している。 規制緩和と「小さな政府」、自由の理念が生きている土地だとリバタリアンたちはみた。ここに全米から二万人が移住し、政治的圧力団体となり、そこを拠点にさらに彼らの自由の理想を実現していこうというのだ。名付けてフリー・ステイト・プロジェクト。呼びかけ人になったのはイエール大学の若い政治学講師で、政策綱領はただ一行。「政府の役割は、生命、自由、財産を守ること。それが最大限」。

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執筆者プロフィール
会田弘継
会田弘継 青山学院大学地球社会共生学部教授、共同通信客員論説委員。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任。2015年4月より現職。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。
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