中東―危機の震源を読む
中東―危機の震源を読む(19)

エジプトの「コプト問題」に危険な展開の兆し

池内恵
執筆者:池内恵 2006年7月号
カテゴリ: 国際
エリア: 中東

 エジプトのコプト問題に不穏な兆しがある。コプト教とは、キリストの人性と神性の区別を認めず単一の性質のみがあると説く「キリスト単性論派」の立場を取ったことで四五一年のカルケドン公会議で異端と宣告され東方正教会から分離した、エジプトに固有の教派である。七世紀のイスラーム教徒軍によるエジプト征服以来コプト教徒の比率は減り続けてきたが、なお人口の五-一〇%を占める。また、そのうち約一割は欧米に移住しているとみられる。  昨年十月十九日にはアレキサンドリアで、イスラーム教過激派を批判する劇を収録したDVDがコプト教会で販売されたことを冒涜ととらえたイスラーム教徒が、尼僧をナイフで刺す事件があった。さらに同月二十一日には五千人規模のイスラーム教徒群衆が聖ギルギス教会を攻撃し、衝突で三名が死亡した。今年四月十四日にはアレキサンドリアの三つの教会の礼拝に、ナイフを持ったイスラーム教徒が押し入り、一人が殺害され、報道では十七人が負傷したとされる。犠牲者の葬儀が、犯人を精神異常と認定する当局の姿勢に抗議するデモに発展、その弾圧でさらに死者が出た。  エジプトでコプト教徒への「差別」や「偏見」はあるのか、「宗派紛争」が存在するのか、ということ自体、言及するのは非常に困難である。エジプトでは差別も偏見も、宗派紛争も「存在しない」というのが支配的通念であり、イデオロギーであるからだ。

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執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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