金正日「テポドン発射」の狙いと誤算

執筆者:草壁五郎 2006年8月号
カテゴリ: 国際 金融
エリア: 朝鮮半島

[ソウル発]北朝鮮は七月五日、テポドン2号を含めスカッド、ノドンなど計七発のミサイルを発射した。「ミサイルを発射しても、体制維持に不可欠な中国、韓国からの支援は中断しない」と判断し、むしろミサイル・カードを切ることで、偽米ドル紙幣問題などで金融制裁を強め、人権問題でも圧迫を強化する米国との直接対話のプロセスを浮上させることを狙った。 金正日総書記がミサイル発射を敢行したのは「一九九八年の再現」を想い描いたためとみられる。 北朝鮮は九四年に米クリントン政権とジュネーブ枠組み合意を結んだ。しかし米国はミサイル輸出に反対し、国交正常化交渉は進展せず、九八年当時の米朝関係は膠着状態に陥っていた。 九八年八月三十一日、金総書記は人工衛星に偽装して「テポドン・ミサイル」を発射した。日本列島上空を通過して太平洋にまで到達していたことが判明し、核とともにミサイルの脅威が浮上した。 九八年十月、米朝ミサイル協議を皮切りに米朝直接協議が始まった。九九年九月の米朝ベルリン協議で、米国は経済制裁の一部を緩和し、北朝鮮は「米朝会談の期間中はミサイルを再発射しない」ことに合意(ベルリン合意)。その翌月、米国は北朝鮮政策を見直す「ペリー・プロセス」を発表する。二〇〇〇年十月に趙明禄国防委員会第一副委員長が訪米、続いてオルブライト国務長官が訪朝した。両国関係は国交正常化寸前まで進むが、北に宥和的なクリントン政権の任期切れで中断、ブッシュ政権の誕生で御破算になった。金総書記が趙訪米をあと半年早く決断していれば、米朝関係はおそらく“正常化”されていたであろう。

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