エボラ出血熱:「アフリカ」を一括りにするなかれ

白戸圭一
執筆者:白戸圭一 2014年10月15日
カテゴリ: サイエンス 国際
エリア: アフリカ

 ほとんど四半世紀前のことだが、京都にある大学の探検部員だった私は、仲間と6人で西アフリカのニジェールへ渡り、サハラ砂漠南縁の「サヘル」と呼ばれる乾燥帯に暮らす遊牧民の生活に密着する計画を立てた。1年近い準備の末、1991年2月1日に出発する予定だったのだが、出発まで半月を残すだけとなった1月17日、多国籍軍によるイラク空爆が始まった。湾岸戦争である。戦争の舞台はサダム・フセインのイラクと、フセインが前年の8月に侵攻していたクウェートだった。周辺国のイスラエル、サウジアラビア、バーレーンに対しては、イラク軍による若干の攻撃があった。

 

「イスラム圏は危ないのでは?」

 予定通り出発するつもりでいたところ、出発直前になって、大学の教職員、そして学生の間からも、私たちに渡航自粛を求める声が出始めた。渡航計画は大学公認の部活動の一環であり、大学が渡航を認めないのであれば、渡航を中止するか退部して個人の資格で行くしか道がなくなる。

 そもそも私たちは、イラクに行こうとしていたのではなかった。多国籍軍には30以上の国が名を連ねており、ニジェールはそのうちの1国ではあったが、多国籍軍の主力は言わずもがな米軍であり、ニジェールの参加は形式的なものだった。出発前にニジェール側の協力者や首都ニアメの在留邦人に電話で開戦後の現地情勢を尋ねたが、当地は平穏そのものであり、湾岸戦争など別世界の話のようだという答えだった。しかし、そうやって説得を試みても、出発反対派は「危ないのではないか」と一様に不安な表情を見せるのだった。

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執筆者プロフィール
白戸圭一
白戸圭一 三井物産戦略研究所国際情報部 中東・アフリカ室主席研究員。京都大学大学院客員准教授。1970年埼玉県生れ。95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。同年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局、外信部を経て、2004年から08年までヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に2014年3月末で退社。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞)、共著に『新生南アフリカと日本』『南アフリカと民主化』(ともに勁草書房)など。
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