【インタビュー】フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(映画監督) 監視し密告した人々も抱いた「消極的ヒロイズム」の力

執筆者:草生亜紀子 2007年1月号
エリア: ヨーロッパ

「ベートーベンのソナタ『ア・パッショナータ(熱情)』は素晴らしい、しかし音楽に身を浸すと甘い気持ちになって革命が完遂できない」――革命家レーニンがこう語ったという作家マクシム・ゴーリキーの回想が発想の原点だった。ドイツ映画『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(三三)は語る。 ベルリンの壁が崩壊する五年前、一九八四年十一月の東ベルリンを舞台にしたこの映画は、反体制派の疑いがかかる劇作家と恋人の女優を監視するよう命じられた国家保安省(シュタージ)のヴィースラー大尉が、二十四時間態勢の盗聴によって二人の私生活に触れるうちに、彼らの世界観や人間性、愛情あふれる暮らし、そして彼らが奏でる美しいソナタに感化を受け、次第に変化していく様子を描いた秀作だ。 特定のモデルがいる「実話」ではないが、シュタージが実際に何を行なっていたか歴史的事実に基づく物語である。遠くない「十七年前」 ドナースマルク監督は、この映画のリサーチに三年の歳月をかけた。 自国民の監視に加え、旧西ドイツへの秘密工作も行なった旧東ドイツの秘密警察・諜報機関である国家保安省には、十万人以上の専任職員に加えて、三十万人とも二百万人ともいわれる非公式協力員(インオフィツィエル・ミットアルバイター=IM)がいたとされる。九〇年、その真偽はともかく、東独政府はIMは十万九千人だったと発表。これが本当であれば、千六百万東独市民の百五十人に一人がIMだったことになる。

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