【インタビュー】小柴昌俊(東京大学特別栄誉教授) 記憶力をフルに使わせてやる それが「教育の愛情」だ

執筆者:草生亜紀子 2007年3月号
カテゴリ: 社会
エリア: 日本

 一九八七年二月、十六万光年の彼方にある超新星(壊れる寸前の星の大爆発)が放った素粒子ニュートリノを、当時本格稼働からわずか二カ月だった岐阜県の神岡鉱山を使った地下実験施設「カミオカンデ」が世界で初めて観測した。 カミオカンデを考案し、実現した小柴昌俊東京大学特別栄誉教授は二〇〇二年、これら天文物理学の分野での優れた功績が認められてノーベル物理学賞を受賞した。 八十歳の今も、週に二回は東大素粒子物理国際研究センターに通って後進の指導にあたる小柴教授は、ノーベル賞の賞金や本の印税をつぎ込んで自ら設立した平成基礎科学財団にも週二回通って、基礎科学研究推進のための様々な事業の工夫に余念がない。 中学一年の時に小児麻痺を患ったことで、軍人か音楽家になるという幼少の頃からの夢をあきらめざるを得なかった。今も右腕には後遺症が残る。東大の学生時代は生活のためにアルバイトに追われた結果、卒業時の成績表は、十六教科のうち優は二つだけ、あとは良が十個で可が四個――「物理をビリで出た」と言うのも、あながち冗談ではない成績だった。 かくして何度も挫折を経験し、夢をあきらめかけたという小柴氏だが、一方で、自分のやりたいことを「執拗に、執拗に追い続けた」とも言う。

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